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2007年6月 8日 13:05
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【禅鳳雑談】金春禅鳳(能楽者)に有名な村田珠光の物語の一節
栄西禅師(1141~1215)によってもたらされたとされる抹茶製法は
薬用効果や享楽性、闘茶等多様化した。
元々、喫茶として僧侶によって輸入?されたお茶は精神性を加味し
茶礼として儀式化したが、東山文化の開花と共に洗練され
茶の湯として発展した。
唐物茶入れの扱いが違うように
最初は輸入品が珍重され、唐風文化に染まった喫茶だったよう。
日本はいつの時代も〔ペルーの来航など〕同じですね。
内からの改革や文化の創造は難しいですが
外からの新しい価値観導入には案外、淡々としている・・・。
4畳半の宇宙空間を出現させたのは〔村田珠光〕
高価な唐物を尊ぶ風潮に対する抵抗が〔侘び〕として必然性をおび
茶の湯が精神性をともなった〔道〕として方向づけられたように思う。
冒頭の、月も雲間のなきは嫌・・・は完全性を否定し
あれもあり、これもありと価値観の多様化を肯定したもの。
現に流派だって最初は千利休の専売特許???
抹茶でも流儀は多数! 煎茶を含めれば大変な数ですものね
今の茶の湯の隆盛を利休居士はお見通しだったかも・・・。
千利休一人の価値観を豊臣秀吉は嫌ったとの見方もありますから。
秀吉は唯一、天下人の自分も頭を下げる存在を否定したかったかな。
その件は又、別の機会に。
今日は稽古の日!
未だ、新しいお点前を覚える気はでてきませんが
今日のお菓子、床の間にどんな花が活けてあるか
興味は尽きません。
先生の心の有様が判る稽古場です。 感謝!!!
先ずは手が動くようになってですね。
こんな弟子で済みません!
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コメント (1)
昔 許状申請のとき 基本の平点前が出来てからと言ったら 階段を昇らないと1段めは良く見えないからね... と言われたのを思い出しました。 まあ先は永いから ゆっくりと上ればいいし、 点前ばかりがお茶ではないとおもいますが
投稿者:yumi&kou余計なことですが、お茶の花は入れるもの...だから 花器ではなく 花入 と聞きました。
日時:2007年6月11日 01:43