裏千家 茶の湯奮戦記

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2007年12月28日 18:58
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呉越春秋ーⅣ・・・

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 この時代ー春秋ー活躍した代表的人物  「孔子像」

湯島聖堂にて子供達の入学試験を祈願し・・・無事・・・湯島聖堂で購入しました

宮城谷昌光氏の春秋期の小説・・・面白くて書く気になった春秋時代道徳観が独特で・・・
日本にもあった下克上が次に続く戦国時代
まさに弱肉強食の時代に突入し、紀元前221年秦の始皇帝が中国統一

国が滅ぶのは「勝者の驕り」・・・どんな形に「驕り」が現れるか
繰り返しになりますが「呉越春秋」に典型的に現れてる
最終が「范蠡」の遠謀による傾国の美女「西施」・・・の献上!!!

洋の東西を問わず滅びの笛を吹くのは・・・女性かな?
先ずは「おべんちゃら」をして貰いたくなる精神構造が問題で
「驕り」に巣食う・・・「ヨイショ組」と・・・

中国は漢以降、大木に群がる「宦官」が蔓延ります
男でもなく女でもなく・・・近世の清までしっかり宦官が裏で活躍します

この時代が紀元前500年前後だから驚くばかりです
精神主義が根づいた日本は「孔子」の唱える儒教の盛んなところ・・
我等が「茶の湯」も随所に儒教主義の考え方が出てきます

「君、君足らずとも臣、臣足らざるべからず」・・・なんてね・・古いか!

茶の湯の教えがこのころからあると良かったかもね

今の仙台・・・初秋の定禅寺ジャズフェスティバルならぬ
定禅寺のイルミネーションが有名ですが経費オーバーで寂しい!!!

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2007年12月27日 11:58
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呉越春秋ーⅢ-臥薪嘗胆

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  某S先生のお部屋に飾ってあった「ピカソ」の絵

ピカソと言えば複雑な絵柄を想像しますが・・・

さて、呉越春秋・・・
臥薪嘗胆の故事は「勝者の驕り」の結果だと思うのですが・・・

呉王「闔閭」の跡を継いだ夫差は
国力回復のため「伍子胥」の提案を受け入れ薪の上に寝て
国民と一緒に我慢を重ね捲土重来を期し、復讐を誓った
「臥薪」です

その結果呉王「夫差」は越王「勾践」を会稽にて滅亡寸前まで追い込んだ
「会稽の恥」の由来はここからですが・・・
越王「勾践」は自分の妻をも差し出しながら許しを請うことになります

「伍子胥」は呉の本当の敵は中原にあるのではなく後背の越である事を力説
殺す事を強く呉王夫差に勧めますが・・・許してしまいます

許された越王「勾践」は参謀役の「范蠡」の助言を受け入れ
熊の肝(大変苦いらしい)を嘗めながら復讐心を呼び起こし
部屋に入るたび「汝、会稽の恥をわすれたか」と言わせ精進
「嘗胆」です

呉都の整備を積極的に受け入れ、進んで賦役についたりします
極め付けは越出身の美女「西施」を呉王に献上し油断を誘い・・・
諫言した「伍子胥」を誅殺してしまいます

呉王「夫差」はお手盛りの側近の進言を受け、中原に諸侯を集め覇王たらんとしますが
越の謀略に合い、越に呉都を奪われてしまいます

夫差は勾践に助命を請います
勾践は自分も1度助けられているので助命しようとしますが
「范蠡」に強く反対されます・・・小島に流刑し助けようとしましたが
夫差はこれを断って自害し、呉は滅亡します

勾践の性格を理解している范蠡は引退を申し出ますが
国の半分を分け与えると言われた范蠡は即座に他国に逃亡
難を逃れた范蠡は斉にて商人として再起・・・大財産をなしました

傾国の美女「西施」・・・
抜群の才気と輝くばかりの美しさ・・・理想の美女かもしれず
こんな人に出会えた呉王夫差、計画的に献上した越の范蠡の思惑・・・
「呉越同舟」・・・時代こそ違え現代でもありそうです

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本来は「伊賀の花入れ」のはずでしたが・・・



 


 

2007年12月25日 20:55
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呉越春秋ーⅡー死者に鞭打つ

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  友人のTさん、中国は南京、上海に旅行 
      上海の博物館で感激の白磁の茶碗

呉越春秋を書くのに上海からのお土産提供です

呉越春秋の裏側には呉の参謀役「伍子胥」、
越の参謀役「范蠡ーはんれい」の存在が大きい
楚の人「伍子胥ー日本語読みーごししょ」は楚の平王に父と兄を謀殺され転々とし呉王「闔閭ーこうりょ」に仕えた
同時期に「孫武」が呉王の軍師として存在・・・「孫子の兵法」の作者
   ※孫子の兵法は孫武の作とも孫びんの作とも・・・
     孫びんは春秋時代、小国だった「斉」を大国にした軍師

呉王「闔閭」が楚を滅亡寸前まで追い詰めた時、既に楚の平王は亡くなっていましたが
伍子胥は墓を暴き、遺体に鞭打ったという事から
「死者に鞭打つ」という名高い行為???を歴史に残した

短期間に力をつけた呉王「闔閭」は覇王に数えらる程だったが
晩年、越王勾踐と戦闘した際怪我をし、それがもとで死去した

呉国を継いだのが夫差・・・継承にもいろいろ・・・
天才政治家である伍子胥の言を聞いてと遺言されたが・・・

次は臥薪嘗胆・・・

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冬は花が少なく・・・色紙に・・・花・・・ブログも冬の季節

      


 


 

2007年12月21日 16:17
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呉越春秋ー1

中国の歴史で春秋戦国と言えば紀元前770年~前221年まで

春秋時代は紀元前770年~前403年  370年
戦国時代は紀元前403年~前221年  182年
   (諸説がありますが・・・)

春秋時代が周王室をたすけて諸侯をまとめる者が
事実上の支配者(覇者)であり,斉の桓公、宋の襄公、
晋の文公、秦の穆公、楚の荘公が五覇として有名です

本来は周王朝が同盟の中心として領土紛争の調停や
同盟国の災害援助や制裁等をすべきところ、力が無くなり
会盟(条約会議?)を主催した王侯を覇者として認め
王朝に対する勤皇精神を前提に優位性を認め
証拠に覇者に対する義務(朝見、貢納、軍役)を負ったもの

呉(現在の蘇州市周辺)は紀元前585年頃~前473年(112年)の君主国であり
6代闔閭(こうりょ)の時代に呉は強勢になり、
夫差の時最強、夫差の代で滅亡してしまいます

越(現在の紹興市周辺)は紀元前621年~前334年(287年)
4代允常(いんじょう538~496)から5代勾践までが強国・・・

覇王に呉の闔閭、夫差、越の勾践を五覇に数える事も・・・
何と言っても紀元前500年前の物語です
この時代の両国の攻防が歴史的に面白く・・・年末まで

「死者に鞭打つ」、「臥薪嘗胆」、「傾国の美女」、など等
人物的にも面白い人物が多数・・・孫子の兵法もここからです

やはり写真がないと・・・と感じました
来週!!!こうご期待


 


 

2007年12月19日 14:35
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仙台ー大年寺散策

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12月15日初めて大年寺を散歩道に選び登ってみました。
写真は惣門です。
この惣門だけが遺構として残っているのですが
惣門を潜ると、どこまでも続く石段・・・
何段か数えませんでしたが、6度休んで石段に腰掛下方を眺めました

登りきった所右側にに「茂ガ崎城址」・・・
粟野大膳が作ったと記されておりました

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左に折れれば仙庵、野草園・・・TBS
左側の角にあまり手入れされずに・・・という状態で
一力次郎(元河北新報社主)氏の「前進」の字
数百の肩書きをもって・・・頼まれてはイヤと言わず・・・

ウオルトディズニーも
「keep moving foward」 前に進め・・・を標語に・

人生の先達は考える事も一緒!!!

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そして「仙庵」仙台市の所有のお茶室です
鍵がかかっていまして鉄門の間から携帯で・・・
家の中の構造は忘れましたので・・来年です

大年寺は京都宇治の萬福寺を総本山とする黄檗宗の寺院です
両足山と号し釈迦如来を本尊とします

伊達家4代綱村公が鉄牛和尚を開山始祖として落慶
                       (大年寺HPより)
亘理の「ゆりあげ」浜、もともとはひらがなだったそうですが
綱村公が大年寺山惣門から亘理を見て・・あの浜はなんという名か??と
ゆりあげ浜と言いまする・・・門構えの中からでしたので
門の中に水を入れ・・・「閖上」nisinasai///toと言うように・・・
それで漢字が出来上がった???
これってほんとかぁ・・・本当だそうです

冬は花が決まってしまいまして・・・
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  お馴染みのシクラメン・・・

次からは呉越春秋・・・呉越同舟・・・です


 


 

2007年12月17日 11:40
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千秋楽のお稽古

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最終のお稽古場に選んだお軸は再度 「忍」 大亀老師
宗秀先生の想いが伝わるお軸でした

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最終日のお稽古は行台子、薄茶とお濃茶を稽古納めに・・・
中仕舞いがこれ程面倒でしたか???
しかし、これで面倒と感じているようではね・・・問題があるかな

忘年会が多くなってきたせいか、14日のお稽古場は閑散で
気分的には充実していました
節子先生から四カ伝のお点前の種類や、小習いなど等教えて頂きましたが・・・

お濃茶では唐物を和ものに見立て・・・茶碗は伊賀かな・・・
こ袱紗は持っていないは・・・問題のある生徒です
お茶杓のお作は淡々斎、ご銘は 小菊・・・なんてね
おしふくは・・・紺地一十(ヒトエ)蔦牡丹唐草金襴・・・

茶花はお稽古場がお休みでしたから
15日散歩途中の「南天」をお届けします

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2007年12月14日 15:31
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今夜は赤穂浪士の打ち入り・・・

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   仙台 藤崎デパートの角のイルミネーション    

昨日から定禅寺通りを中心とした仙台恒例のイルミネーションが点灯しました
初秋の定禅寺ジャズフェスティバルと並んで日本に誇れるもの

振り返れば初夏の伊達政宗公祭り
真夏の七夕、初秋の定禅寺ジャズフェス、12月の定禅寺イルミネーション!
結構日本は勿論、世界に発信できるイベントがあるものです

ついでに仙台発の食文化・・・と
牛タン、回転すし、冷やし中華、笹かま、ずんだ餅、ほや・・・
本当に元祖「炉ばた」・・・以外にもルーズソックス
・・・そして最初のスパイクタイヤ廃止・・・文字通り環境保全・・・

こう書くとイヤイヤ、それは違うという人が出てくるのも世の中

 「流水不先争」 流水先を争わず

12月14日は赤穂浪士の討ち入り・・・
寒くて雪が降ることが多いのだそうです
今年稽古の最終日は雪で露払い・・・
清新な気持ちで・・・これにて千秋楽・・・

来週からのテーマは「呉越春秋」のつもり・・・
お付き合いを・・・


 


 


 

2007年12月12日 13:21
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遠方からのお歳暮・・・心遣い・・・夢の吊橋

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宮崎の友達から「日本一夢の吊橋」の写真(大分県)と焼酎「百年の孤独」を頂きました

「百年の孤独」の味わいを皆様にお届けは出来ないので
日本一をお裾分けします
九重高原の標高777m、吊橋の長さは390m、高さ173m・・・
想像しただけでも足が竦みます・・・私は見るだけで結構・・・日本一ですから・

何でも一番を目指す努力が貴重なんで 一番になる事が目的ではありません
とは言いながら結果が出ないとストレスが溜まるのも事実
「いい塩梅」の基準も本人の心の持ち方次第のようです

長年、人生を過ごしてくると「いい塩梅」の加減もできてくる

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上の絵は大分県九重の紅葉と滝と・・・
下の絵は宮城県仙台市新愛宕橋から旧愛宕橋を写したもの・・・廣瀬川と紅葉
(ダブルクリックで拡大します)
いずれもこの時期の風景・・・綺麗!!!

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「照顧脚下」・・・国語では脚下照顧でしたが・・・
  真理は遠い処・高い処にあるのではなく、各々の心の中に持っているもの
  自分を見つめて、本来の自分の姿を見出しなさい・・・と

  諦めてしまうのが一番良くないね!!!
  何も残らないし足元が見えなくなりますから・・・

今週、今年最終のお稽古・・・つまずかないように・・・
楽しいお稽古にしたい!!!


 


 

2007年12月10日 15:40
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再び貴人点・・・

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  一重切りに椿(秋の山)

今日は四家伝を用意していますと節子先生
またまた恥ずかしながら「四家伝」にはどんなお点前の種類があるの??
判っても出来ないのですが・・・
で、何とかの一つ覚え・・・「貴人点」のお稽古・・・調べましょうね

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四家伝の一つ「大天目」
唐物の茶入れに象牙の茶杓、だいひ山天目茶碗に尼崎台

お茶碗のご由緒は!!!
例えば・・・伊達家から拝領したものとか・・・徳川家伝来だとか・・・

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  お菓子は「ふふみ椿」・・松江  彩雲堂ご製

ふふみ?・・・
昭和37年歌会始   お題は「土」  中村孝也さん

 ほのぼのと 牡丹の花のくれなゐを ふふみて匂う 日だまりの土

宗秀先生から意味を伺ったのですが・・・覚えてませんでした

稽古は今週でお仕舞・・・
四家伝を調べてラストに挑戦する???

このブログは年内続きます・・・


 


 

2007年12月 7日 12:52
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宮城ー柳津ー虚空蔵尊

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カササギの渡せる橋におく霜の、白きを見れば夜ぞ更けにけり

  大伴家持・・・百人一首に詠われています

大伴家持は多賀城国府に派遣されてた事があるはず・・・
坂之上田村麻呂の少し前ですが、
当時蝦夷との緊張関係があった時代です

山門
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この詩がある宮城県登米市津山町の「柳津虚空蔵尊」
福島会津の福満虚空蔵尊、山口周防の柳井町虚空蔵尊を
日本三虚空蔵尊というらしい???

らしいと言うのは、その他千葉県能満虚空蔵尊、茨城県の大満虚空蔵尊
のHPでも3大虚空蔵尊と書いてあるのです

会津にも行き、津山にも行きましたが・・・

登米市津山の柳津虚空蔵尊は南三陸金華山国定公園の中にあり
三陸三十三観音霊場第9番・・・松尾芭蕉もここ津山を通り
一関街道を辿り、登米市登米に向かっています

僧行基(668~749)が紳亀3年(726)にこの地を訪れたおり
国家安泰・天下泰平を祈願し虚空蔵尊を刻んだ事に縁起するという

丑・寅生まれの守り本尊
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何故か虎の影が薄く感じます
牛は「撫で牛」と称し、祈りたい場所を牛の部分になぞらい
撫でると良いとされお腹の部分、鼻の辺りが光?輝いていました

で私も、頭と鼻・・・お腹を撫でてきましたが・・・ご利益は?

虎の影が薄く見えるという事は来年の阪神タイガース・・・不調でしょうか

今年のお稽古も今日を含めて残り2日
大事にお稽古ですが・・・何をお稽古したいか・・・です


 


 

2007年12月 5日 09:10
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貴人点の続き・・・

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  椿 ・・・「秋の山」・・・いろんな種類の椿あり
       花の渕が薄っすらと ほの紅く・・・
  花入れは「古銅龍耳」
  
椿としか認識しなかった自分の無知に恥じ入りますが
世の中の広がり・・・何でも・・・又、自分の世界が明るくなった・・・

半世紀近く前に「貴人点」をやった記憶がありますが・・・
断片的ですから・・むしろ知らないお点前でしょうね

貴人に対して差し上げるお茶ですから
お茶を点てる人の姿勢を形式化しています
茶の湯は何度も書いておりますが、「おもてなし」を形として表現しています
私が稽古したのは基本的な「貴人点」

貴人だけではありませんが「おもてなし」の種類は
お道具を変えるだけでも「おもてなし」の形がかわり
お茶を頂くお客様も「もてなされた形」を返礼します
返礼の仕方が判らないと、コミュニケーションが取れなくなる?

稽古はお茶を点てるだけでなく、お客様のあり方も稽古です
宗秀道場は・・・当たり前なのかもしれませんが
稽古の始に、先生にご指導のお願いをするのは勿論ですが
お客様にも稽古のお願いをします。  

何よりもお茶を頂く前の「お菓子」の出し方と・・・
いつも先生が苦心されていると思うのですが
全国各地の「名物お菓子」・・・勉強になりますし
気持ちが伝わり特別美味しく感じます 

この気持ちが嬉しく 稽古に通っているのかも知れませんね 

唐物のお稽古をしてる方もいらっしゃいました

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茶杓は象牙・・・唐物茶入れの蓋にかけておきますね

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先週の稽古場にもう一つの花  もみじに小菊・・・可憐です


 


 

2007年12月 3日 15:56
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貴人点

先週のお稽古はお棚を使ってのお濃茶、貴人点のお濃茶でした
何故か、中仕舞を忘れそうです

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この簡略なたたずまい!  気が締まります

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O先輩のお濃茶の拝見・・・格好いいね!!!

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   軸はご覧のとおり「忍」

宗秀先生に何方がお書きになったかと・・・
「忍」の意味・・・案外いろいろ意味がありそうで
そのままなら忍耐かもしれませんが・・・

どんな夫婦でも幸せでありたいのは共通の願い

20台の夫婦は、夢で結ばれる夫婦
30台の夫婦は、努力して夫婦
40台の夫婦は、我慢の夫婦
50台の夫婦は、あきらめの夫婦
60台の夫婦は、感謝しあう夫婦

努力も愛、我慢も愛、諦めも愛・・・
お互いの感謝が育む最高の夫婦へ・・・

「永六輔」の言葉だそうですが・・・
人生・・・「忍」ですね・・・素晴らしい軸でした