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2008年6月15日 22:20
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日本の五山の走りは鎌倉時代末期、北条氏により鎌倉五山が制定
足利時代3代足利義満が京都、鎌倉の五山を決めたようですが・・
京都五山は順位が変わったりしたが、義満没後現在の順位に
始めは福島にあった五山
仙台の北山五山は徳川時代になってからですからね
輪王寺は五山のうちではなく、満勝寺を入れて北山五山という
京都も鎌倉も仙台も臨済宗がベース、輪王寺は曹洞宗ですから・・・
臨済宗は上位者の・・・曹洞宗や他は民衆のと言えなくもないかな
資福寺から輪王寺への途中咲いていた「琉球月見草」
輪王寺が五山の外でも、伊達家が福島県梁川に居城を築いてから
居城が変わるたびに転々と・・・「輪王寺六遷」という・・・
一門格の曹洞宗禅寺であり、曹洞宗東奥八百八ヶ寺の僧録司でもある
輪王寺の裏側から入る道に咲いていた「ベニウツギ」
輪王寺には政宗公夫人、志賀潔(赤痢菌の発見)、
今村均(陸軍大将)のお墓もあり、歴史の多様さと・・・
立派なお墓が多かったですね
輪王寺の庭「黄色のあやめ」と「・・・蓮華」
下に降りてゆくと沢山の鯉が寄ってきて・・・ごめんなさい
朝10時から始まった「北山五山」散策も午後4時半終了・・
是非、反省会をという事で楽しい反省会でした
次回は寒くならないうちに・・・9月下旬頃と約束、散会でした
煤孫講師の話にあった「伊達政宗の隠居城→若林城」
政宗没後は取り壊されて青葉城二の丸に移築・・・
私の家の傍でしたが・・・とんと知りませんでした
上は「令法」
下は「散歩途中のバラ」何ともいえない気品のあるバラでした
最後に夜空に咲いた桜・・・フーセン(7日のクリネックス球場、阪神戦)
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コメント (1)
北山五山まだなんだか分からないままですが 秋に続きがあるそうなので期待しています。
投稿者:yumi&kou黄色のあやめは黄菖蒲(きしょうぶ)です
あやめ科ですけどね。
もうひとつ かつては 琉球月見草で茶花の本にものっていましたが、
今は 昼咲月見草(ひるざきつきみそう)と本にはのっています。見た目より丈夫
で千葉でも道端によく咲いています。
日時:2008年6月16日 21:48