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2008年7月31日 09:33
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東慶寺が「松ケ岡御所」と言われるのは地名を取ったものであるが、後醍醐天皇の皇女「用堂尼」が5世住持として寺に入ってからで、明治36年(1903)までは代々尼寺でした。古くは豊臣秀頼の娘「天秀尼」が20世住持として勤めたりしています。
「縁切り寺」の由来は夫の権利であった「離婚請求権」が、縁を切りたい女性が東慶寺で3年(後に2年)修行すれば離婚が認められると言う「縁切り寺法」・・・幕府公認の縁切り寺だったが、実際は駆け込んできても両者の言い分を聞いて調停をしたのが実態だと言います。現在の裁判所のような機能も・・・ですね。現在は男僧のお寺です。
「松ヶ岡 男を見ると犬がほえ」などという川柳もあるそうで、女性しかいなかった東慶寺に男が来ると犬がほえるというものですね。
お寺らしくない雰囲気もあり、少々感じが違いますが「花寺」としては最高でした。縁切り寺のイメージに、観光コースから外して計画しましたが・・・現在は縁切り寺ではないのですから・・・勘違い!
再度の「あやめ」です。
今は7月末ですが、仙台では未だ綺麗に咲いている紫陽花が見かけられます。鎌倉ではもう・・・でしょうから、いよいよ紫陽花紀行は明日が最終です。
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