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2008年11月28日 09:40
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松島の円通院・・・お見事!
「一色一香無非中道」・・・一色一香、中道に非(あら)ざるはなし・・・自然の働きには嘘、いつわりはないとの意らしいのですが、利休七首にある・・・野にあるように・・・は自然が一番!動作もですが、動作そのものは自然に見せる作為(訓練・・・稽古)も必要のようです。
仙台向山方向から野草園に登ってゆく時の道で、人が一人も通らない?大年寺公園の中の風景・・・暗くなると通りたくありませんが、陽のある内ならなかなかの風情です。少し整備したら(ベンチもボロボロ)車は通らないし散歩道としては絶好です。
愛宕神社から見た広瀬川宮沢橋を望む・・・ですが、都会の喧騒もなく静まり返った境内は年末の準備もまだで・・・巳年の守り神・・・こんな雰囲気の神社も好きです。
今日もお稽古はありですが・・・どんな仕掛けがあるのかも心を弾ませます。30日日曜日は後輩のお茶会・・・年金受給者待ち合わせて・・・「喫茶去」
PCの具合が未だです・・・来週をお楽しみに!
2008年11月27日 14:28
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稽古場のお軸 「関 南北東西活路通」 前大徳 宗興
関 南北東西活路通 → 活路に通ず・・・なんですが、東西南北でなくて南北・・なんでしょうか?方角に拘らず、活路は至る所に開けている?・・・いたるところに青雲あり!ですかね。
こんな事を考えながらのお稽古・・・だから間違うの?・・・でも・・・面白いのだ!
至る所といえば・・・根白石の「光明の滝」
泉地区の水源でもある為、水量の豊富なこと・・・一年中・・・こんな水量だそうで、日本の滝百選があれば当然入って良いほど見事な滝でした。この水が辿る道も煤孫先生にご案内頂き感慨深いウヮーキングになりましたが、ここまでの時間は昼を忘れるほど・・・もったいないお話を・・・沢山・・・
この後、鎌倉時代の快慶の作と伝えられる「木造り阿弥陀如来像」を見学、宮城県重要文化財指定になっていますが、山形県寒河江の慈恩寺の僧、覚長が快慶に製作依頼、笈分に入れて運びました。快慶はもう一度見たくなり大津まで追いかけて笈を開いたところ、阿弥陀如来は分身して2体になっていました。喜んで1体ずつ分け合い・・・1体は寒河江の慈恩寺、もう1体は京都五条下寺町の蓮光寺にあります。
阿弥陀如来のお告げで、宮城県川崎町に祀ったが、4代藩主綱村公が御堂を寄進しました。普段は扉を閉じて見られないのですが、煤孫先生のご尽力で特別ご開帳・・・素晴らしい木造り阿弥陀如来でした。この項を書くに当って写真をご紹介する予定でしたが・・・後日ですね。
板碑を通してみた泉ヶ岳・・・なかなかの眺めでしたが・・・夕方になり寒さも身に沁みる様になり・・・反省会のお寿司も待っている事から、後日を期して残りの行程をお願いすることにしました。
煤孫晴夫先生の資料を転載させて頂きました。
東京の山茶花・・・友人よりの提供です。
2008年11月25日 12:17
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7日の炉開きをサボって?しまい先生にお迷惑を掛けてしまいました。風呂から炉に変わるとき・・・棗や茶筅の置き場を・・・変だなと思いながら間違ってしまい、こんな時年齢を感じてしまいます。
久し振りで座る?炉の前・・・緊張です。先ずは薄茶のお運びから・・・ところが自分でも驚きましたが・・・棗の置き場所を間違えて・・・恥ずかしかったので、今回は薄茶を2度お稽古しました。もう一つ恥ずかしい思いもしましたが年の功?何時までも・・・新人です。 「日新日々新」・・・日に新たに日々新たなり
いそ菊、どうだんツツジ・・・下は白玉椿・・・
いよいよ椿の季節が始まりました。お稽古場にも何種類かの椿が咲くことになるでしょう。勿論、私の数奇屋侘助も咲かせたいものですが・・・
その前に・・・各地の紅葉・・・銀杏並木の渋滞と・・・
18日の東北道那須パーキングの紅葉・・・この日は暖かかったのですが寒々とした光景でした?
取って置きは・・・仙台虹ヶ丘の「賀茂神社」
今週もお稽古がありますが・・・根白石の「光明の滝」を・・・
2008年11月17日 08:53
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白石城址に登る「宇佐八幡神社」
煤孫先生によれば八幡の八の字が鳩が見合っている・・・平和の印?ですと。この坂を登り切った所に「宇佐八幡神社、「兎口神社」があり・・・周辺からの高さが10m程高く平山城です。城主は国分家の家臣・白石三河守宗頼・・・国分家滅亡ののあと城を明け渡し伊達家の家臣になりました。
城址の跡に咲いていたコスモス?に見えませんが・・・コスモスでした。この城址には「裁松院」・・・政宗の祖母のお墓があります。「裁松院」は祖父・晴宗が岩城氏平重隆の久保姫が絶世の美人だったので、結城氏に輿入れの際略奪し結婚したが第1子を結城氏の養子にすることで和解、父輝宗は第2子です。
帰り道の坂に咲いていた「マリーゴールド」・・・この城址には桜の古木が沢山あり、春の桜開花の時期には見事な花が咲くだろうと・・・来年は是非見に行くぞ!!!あまり話題にはならない?・・・煤孫先生の話では周囲を含めて凄いらしい。
この後は「亀の子石」、「光明の滝」と続きますが・・・亀の子石までのご紹介
この話、ホントカナー
昔、石屋がこの亀の子石でお地蔵さんを彫ろう頑張りますが・・・翌朝になると元の亀の甲羅の形に戻るので、お地蔵さんを彫るのを止めたと言う・・・この石の下の砂を産婦の布団の下に敷くとお産が軽くなるという・・・
この石の周辺には沢山の石碑があり、道路標識?の役割も・・・
まだパソコン修理できず、買い換えることにしました。
2008年11月13日 09:10
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根白石の名の由来は源頼朝が奥州征伐の帰りに七つ森にて巻き狩りを行った時、和田義盛、畠山重忠が大きな鹿を追い矢を射たが近くに寄ってみると鹿ではなく根元が白い大きな石だった。頼朝はこの地を「根白石」と呼ばせたという・・・根白石の名称の由来です。
源頼朝(1147~1199)は鎌倉幕府初代の征夷代将軍で52歳で没、文治5年4月(1189)源義経が藤原泰衡に滅ぼされると、泰衡討伐を朝廷に宣旨したが認められず・・・何時の時代でも法解釈を自分勝手にこじつけ・・・7月追討を開始した。8月上旬藤原国衡を討ち、22日には平泉に入る。9月上旬には助命を願って恭順してる泰衡を、安倍貞任処刑に習って首を釘で・・・更に泰衡を裏切り首を持参した者を不義の名目で処罰・・・権力者ですね。この時点で宣旨が届き、討伐の名義がたった事になります。
軍中は将軍の令を聞き、天子の詔を聞かず・・・だって
根白石の故事は泰衡を打っての帰途の事と思われ、文治5年(1189)の9月以降11月までの間の事と推測されます。・・・煤孫先生のお話にあらず・・・ここのところだけは私の推測ですから、年の為。
川の氾濫で行方不明になっていましたが、享保13年(1728)再建したが石神として信仰の対象となった。本来は下の石が「享保の石」で、この石の根は小さいが深く地中に伸び、その先端は宮城県白石市の市民センター南隣りに顔を出している???確認していません。
水を求めて・・・ですから・・・前回ご紹介の七北田に掛かる新堰は近隣の実沢、市名坂などを潤す水路として稼動しており増産に大いに寄与した。この水路の完成は元禄の頃(1690年代)、新堰の工事は難行を極めたに係わらず詳細な記録は残されていないが、明治22年の大洪水で決壊し復旧工事おこなわれた。この工事記録も残されていないが24年工事完成を祝って宇佐八幡神社に絵馬が奉納されていると言う・・・
次回は白石城址、宇佐八幡神社からです。
今週のお稽古はお茶事の為ありません。未だ参加できる身分???自信がないのです。21日金曜日から・・・です。
2008年11月11日 13:41
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お茶の稽古を休んで?・・・休んではいませんが・・・折角の「炉開き」を失念してしまい話題の提供が出来ず仕舞い・・・このブログもお茶で奮闘しないと意味がなくなりますので頑張ります。
この間、伊達家の史跡めぐりを敢行しまして、伊達家伝来のお道具を拝見した訳ではありませんが・・・仙台藩士会の常務理事「煤孫晴夫」さんのご案内で、宮城県仙台市根白石の史跡を12時間・・・
この写真は敬愛する黒田兄に提供して頂いた「サンファンバウティスタ号」初冬に撮影したそうですが・・・ご存知、伊達政宗がいろんな目的でローマに派遣した親善使節を乗せた船です。
この船は2度メキシコを往復しています。2度目は、なかなか帰ってこない支倉常長を迎えに・・・政宗が横沢将監に命じて船を出しました。日本の鎖国状況を知らせながら「あわよくば・・・」、政宗は当時の欧州の情報をよく理解していたと思われますが、日本とメキシコとの通商親書を呈し富国を図ったらしい。
横沢将監はメキシコで洗礼を受け、1620年ひっそり帰国。その後政宗の命により、後藤寿庵の棄教を説得するが失敗。将監は寿庵との交流で土木工事の技術を習得し泉七北田に帰り、灌漑に苦しむ農民のために、自分の領地内にある赤沢沢を堰き止め堤を造ることを指導した。
将監公園から見た「将監沼」
今回のウオーキングは副題「水を求めて・・・」という題もあり、泉七北田の水源までご案内頂きました。将監沼は一つの灌漑の成果であり、伊達政宗の治政の一端でもありますが・・・石高を増やす???ですよね。その代表作の一つ
「新堰ー七北田」
煤孫晴夫さんの資料を転載しました。
今秋、お稽古がないので次回も「水をもとめて・・・」です。
おまけの「菊」
2008年11月10日 14:08
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この神社は「旅立ち神社」として伊達家が京都伏見の稲荷神社の分霊を勧請して造ったもの。伊達家が江戸参勤のおり道中の安全を祈願したもので、効果が絶大なので広く一般人の守護神として尊崇を集めたという。仙台市若林区河原町、広瀬川の袂にあります。左右の狛犬が・・・
これも「阿吽」 可愛らしい狛犬です。
仙台には尽くせぬ歴史遺産が沢山ありますし、新しい文化も段々根づいてきています。
仙台発の食文化の代表が、「回転寿司」、「牛タン」、「冷やし中華」、新しくはありませんが「ずんだ」、食ではありませんが「ルーズソックス」・・・更に「定禅寺ジャズフェス」・・・これ等は伊達者に通じる感性・・・?
少々、京都、鎌倉には及ばないかも知れませんが、「北山五山」といい伊達政宗の文化に対する姿勢が現代まで受けつがれているように感じています。
水を制するものは・・・武田信玄の信玄堤も有名ですが。。。伊達家の治水も見事であったようです。近い内に、煤孫先生の伊達家の「治水」の一端をご紹介・・・のつもりです。
7日は「炉開き」でしたが、いろいろで失念してしまいました。ご紹介できないのは不徳の致す所・・・PCが故障してることは理由になりませんが・・・。次回に繋がる様に・・・お花を2点
これは11月3日撮影ですが、まだ「朝顔」が・・・
下は「ツワブキ」水辺に咲くらしいのですが・・・病院庭でした。
2008年11月 6日 11:33
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宮城県七ヶ宿の「長老湖」 昨年の写真なんですが、今年も同様今が盛りです。この写真は私の先輩Kさんの提供で、一昨年あたりから写真に凝りだし・・・昨年の12月に撮った写真も見事で近々ご紹介します。
上は苗場のスキー場の紅葉、下は同じ日の雪景色・・・
一日で上と下ではこのくらい違いますが、日本の景色にはこんな色合いが沢山ありますね。「日本大好き」です。
昨年も掲載した「鳴子の紅葉」で・・・再掲です。
あまりに綺麗で・・・本来、今年撮影に行く予定でしたが機会に恵まれず・・・かろうじて鳴子の病院庭の銀杏が綺麗でしたので二様紹介します。
銀杏もきれいですね。仙台では道々にギンナンが落ちてスリップし易くなります。近年まではギンナ拾いで車も危ないと安全運転を呼びかける記事があり・・・季節の風物詩でもありました。
今週のお稽古には行けるかどうか・・・炉の開始ですからなんとか行きたいのですが・・・
2008年11月 4日 10:59
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今日の言い訳・・・自宅のPC故障しまして休中、更新出来ませんでした。
10月の最終は予想通り・・・「五行棚」、中置でした。
上は五行棚お濃茶のセッティング、下は拝見の環境です。
私は、大板の中置で薄茶、五行棚でのお濃茶の2度、お稽古をしました。一年に一度ですから物覚えの悪い私には来年まで覚えていない?なぁ・・・。冬が近く寒さが増してくるので釜が炉の近くに寄ってくる・・・自然の摂理でお茶も上手く出来てますが・・・昨年も書きましたので・・・
私にはお稽古をしお茶を頂いていることだけで満足してる部分があり、この日も諸先輩のお茶を4杯頂きました。床にあるお花も写したのですが・・・保存を失念???・・・季節を映して野紺菊、磯菊、矢筈ススキでした。
2日の散歩では白いバラが・・・
これは山茶花です。
11月は「炉」です。何か又違う感じがして気持ちが新たになります。月日は百代の過客にして・・・は「奥の細道」ですが四季の移り変わりはお点前でも感じますね。