
2009年3月31日 20:39
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「釣り釜」、ここまでは先輩のお点前を見てるだけでしたが、自分で釣り釜をコントロール???し棚物で薄茶、棚物で先週の「大津袋」反復お稽古でした。
太郎庵椿・・・と・・・
「大津袋」の由来・・・大津~京都にお米を運ぶのに使った袋を模して利休居士の奥様が考案した・・・お濃茶は和物茶入れや唐物によりますが、棗でお濃茶を点てる場合に大津袋を使います・・・宗節先生に教えて頂きました。
この日は稽古場に人が少なく、直ぐお稽古を始めたら膝が持ちました。でもやはりよっこらしょ!ですね。次回は4月に入りますので風呂になり又新たな感じでの稽古になります。もう一度「小習い」、「四ヶ伝」を見直し自分で考えないと・・・と思っていますが、順番を覚えきれない?自分の価値観はいろんなお点前を覚える・・・のも大事ですが、気持ちに緩みなくお点前ができる・・・のが目標→自己満足ですね。
お客さまに対するおもてなしとして、気持ちの張りを失わず、お茶を差し上げる・・・ですね。今週は新人にお茶の良さを紹介すべく、先生のご了解を得てお稽古場に二人連れてゆく予定です。
今日で退職ですが・・・めげない自分に拍手!
春ですねぇ。気分が自然と浮き立ちますし、何か行動したくなる・・・です。
2009年3月30日 09:21
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野草園は3月21日開園・・・まだ寒いのでお客さんはまばら・・・私は水分補給でしたが、案外咲いている花が多そうです。今回は中に入りませんでしたが・・・ソフトクリームも楽しみの一つ。
野草園に登る方法の一つに、向山公園の散策道があります。この時期まだ整備されていないかと思いながらこの道を選んで見つけた???、上が花で下が蕾・・・野草園といい確実に春が来ています。この道は休屋風の休憩所もあり、所どころ石畳も・・・割りにあまり人通りも無く空気も新鮮、お薦めの道です。帰りは大年寺の参道を降りてくるのも・・・最高ですよ。
大年寺~帰り道・・・長町界隈で見つけた「・・・」通称、犬のふぐり・・・かな。これからの散歩は文字通り百花繚乱を迎える時期になり、和洋を問わず花が自らの存在を誇示する季節になります。楽しくなりますね。
例えば・・・これ! 野の花
イヤぁ・・・花って本当に和みますね。
私事で恐縮ですが、今月末で退職する事になりました。ブログ更新の回数が減るかもしれませんが許す限り続けるつもりで居ます。明日は退職記念?3月最終の「釣り釜」による稽古の・・・紹介、稽古はまだ続けますよ・・・面白いもの。
2009年3月28日 22:09
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紫野大徳寺 大亀老師 良い絵ですねぇ
1年に3月だけでできる稽古、なかなか覚えられない・・・自分の中では手がつかず・・・私の稽古は棚を使った薄茶、佳代子先生から「大津袋」をとご指導・・・「棗」の包み方を教えて頂いて夢中でお点前、「大津袋」のお点前の由縁を伺わず始めましたので・・・勘違い?「続きお薄」、「貴人清次」のように2度点てる・・・何時お声が掛かるのか・・・2度点てる事はないのですが・・・気になって・・・でもこんな感じで稽古するのも、後からウフフですね。
新しいお稽古場に馴染んできたように感じています。部屋の作りが違うと稽古もお客さまも座る位置を考えて・・・皆さんは如何ですか。そんな意味でもいろんなお茶室や場所に行ってみるものですね。経験に勝る知識なし?
今更ですが・・・聞くは一時の恥、聞かざるは末代の恥・・・です。
膝がだんだん!(NHKではありません)
お花は写すのを度忘れ?「椿」でした。
2009年3月25日 11:31
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伊達政宗が家督を譲って隠居する時に建てたお城が若林城ですが、それ以前は「少林・・・わかばやし」と言っていたようです。
仙台城・・・青葉城の開始が1600年、若林城の築城開始が1627年でその時から「若林城」と命名でしたが、元々4世紀あたりから「遠見塚古墳」と言われるように人が住んでいたようです。
天平13年、741年陸奥国分寺、尼寺建立ですから歴史は古いのです。
伊達政宗の母「保春院」を弔うお寺も若林区役所の前にあり、「少林山保春院」です。菩提寺は「覚範寺」・・・覚え難いですが・・・しょうりん・・・と呼ばず・・・わかばやしと言うのでしょうが・・・確認してません。
この「少林神社」はちょっと目につきませんが、区役所から南下し左に曲がったところにあります。「狛犬」も少し面白いのでご紹介しました。
若林城址は現在、宮城刑務所になっていますが、そろそろ桜の目が紅くなってきています。花の便りが多くなってきてますが、城址の側にある「古城公園」では木蓮の目が出てきています・・・と紹介しようと考えていたら、首都圏では終わりつつある・・・もっと南では終了でしょうね。10日違うと以下の如くです。
3月14日の古城公園・・・雪でしたが、その中でも春の息吹は着々でしたね。
下は3月22日の同じ場所・・・での木蓮の新芽・・・サクラはまだですが、今年は早いですね。
春・・・2点・・・スターチェスと丸森から・・・クロッカス
2009年3月22日 20:52
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3月の稽古初日に水屋?近くに掛っていた「寒椿」・・・この軸なども一つのお花と一緒ですが、今年はなかなか椿を見つけられませんでしたから・・・このご紹介が最後の椿ですね。
龍泰山大安寺に咲いていた梅・・・
あちこちで桜の開花宣言が出ていますし、今年は例年より桜が早そうで・・・いつもよりは桜の花見予定を早めないといけませんね。それでも当地仙台は梅がまだ咲いていますし、これからのところも沢山あります。
日本の家屋には梅がお似合いです・・・洋風の家に梅は合わない感じですが・・・茶室に洋風の花が合わないと思うのと一緒ですね。でもお花はTPOで環境や場所などで合うものを活ける・・・洋風が合うところ、洋風でないとマッチングしないところがありますから・・・和風でないといけないという事はありませんね。
南国、宮崎の梅園ですが今頃は終了!上下の写真とも宮崎の友人からです。
この明るさにほっと一息!
と言いながら自分の花見は4月中旬に決めています。そのときは又、歩きまわって各地の桜をお見せします。
梅も桜も日本人のもの・・・世界に広めたい友好の証ですが、そんな計画ありませんかね。
2009年3月18日 21:24
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3月のある日藤崎デパートにてお茶会がありました。立礼でしたが大盛況・・・雰囲気のいいお茶会で、お菓子も俵屋さんのを・・・お道具も本阿弥光悦のお茶碗など・・・あるところにはあるものですね。思わぬ人に出会ったり・・・この出会いも又楽しい・・・人も道具も新しい出会いは求めないと・・・さらば与えられん!ですね。
稽古場でも新しい人の入門がありますが、時代に合った?稽古の在り方があるようで・・・宗秀先生も大変ご苦労されてるようです。もっとも私みたいに、違うお稽古をしたがらない「我が儘」な不肖の弟子も指導するのですから・・・教えるのも我慢?ですかね。
この日はさくら野デパートで「宮城県華道連盟」・・・草月流・・・を除く、華道展が開かれておりました。龍生派の方からお誘い頂きしばらく振りで拝見しました。その2~3点をご紹介します。
最後の作品が私の知人・・・、椿の葉を布に差し込むで・・・1000枚以上の椿の葉・・・考えただけで降参したくなるような努力が見えますね。当たり前なのでしょうが、作品の企画、材料の収集、原則花財ですから生鮮でなければダメでしょうし、こんな場所に展示される先生のご苦労と気苦労は大変でしょうね。
おまけにもう1点・・・
流派はごめんなさいです。
2009年3月15日 21:31
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「桃花 3月春風に咲く」
稽古するところが替りまして、2月宮城野原に移転です。入院中とは言え道場開きに参加できず残念でした。
3月ですから「釣り釜」のお稽古をしていましたし、「炭点前」、「香所望?」も・・・稽古場の間取りも、道具の有り所も・・・置き炉も・・・何が何だか・・・環境の変化にすぐ順応できない・・・歳ですね。
にも関わらず・・・宗秀先生も、宗節先生も諸先輩も・・・稽古場のお花「椿に蝋梅?」が優しく迎えてくれて、気持ちが和やかになりました・・・。お茶っていいねぇ~・・・昨年秋から、毎日薄茶を一杯頂いてから会社に行くようにしてましたが、けいこ場で頂くお茶は又格別で二杯頂きました。お菓子は「木曽路・・・すや製」これも美味しかったですよ。
稽古再開は、宗節先生から今月だけですから「釣り釜」を見てて下さい・・・と。毎月いろいろ稽古模様が変わる?先生も大変ですが、門下生に飽きさせない・・・私の如き不肖の弟子ではなかなかですが、ご迷惑の掛からない様にしたいと念ずるばかりです。この日は棚を使った薄茶のお稽古をしてきましたが膝の許す限り続けるつもり。
散歩の途中みつけた花屋の「こてまり」・・・ちょっと失敬!
2009年3月14日 21:01
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「覚範禅寺」は一門格の寺院・・・往復5000歩・・・政宗が江戸で逝去した後仙台に運び込まれましたが、一時覚範禅寺に安置し翌日、経ヶ峰に埋葬されました。覚範禅寺は政宗の母「保春院」のお墓もあり、資福禅寺の隣で参道も少し似ていると感じましたが・・・。一見の要ありですね。
と言う訳で・・・25日退院、入院中の仙台北部歴史巡り報告でした。
いよいよお茶の稽古再開ですが、体と気持ちがついてゆけるか・・・こんな気持ち初めて・・・環境の変化に戸惑うのは年を重ねている証拠?
「蝋梅」だと思うのですが、少しづつ花が見えてきたのは暖かくなってきた兆候・・・
仙台市青葉区土樋の梅・・・です。次回は稽古再開です。
2009年3月11日 20:40
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凄い「ふきのとう」・・・これでは天婦羅・・・無理かな・・・春です・・・
20日金曜日は外泊許可・・・勇んで帰宅・・・大学HP~広瀬通まで散歩?しながら、退院準備の荷物を抱え運動・・・でした。やはり・・・自宅です。土日は定番の散歩・・・入院中ですから・・・日曜に帰院。
23日から入院散歩開始、24日の検査が無事終了すれば翌日退院で、予定よりは3日早い!余程煩かったのかなぁ~と言う訳で、北山五山の一つ「慈雲山資福禅寺」・・・昨年史跡として巡り歩いた時は五山は横に通じていて、覚範禅寺から下山せず横に移動~資福禅寺~輪王寺でした。
今回は正式に・・・感じいいと思いませんか・・・別名「アジサイ寺」とも・・・
6月下旬から開花ですが、今年は早くなるかも・・・ですね。今年掲載する時は自分でキチンと撮ってきますが・・・500株の紫陽花が参道両側と境内に咲くのだそうで必見です。
妙心寺派の臨済宗で元は米沢にあり、伊達政宗の父輝宗が二本松で畠山義継にだまされ殺害されましたが、米沢資福寺にお墓があり殉死した伊達家家老遠藤基信のお墓も米沢にあります。
当時は関東十刹の一つとして栄えていましたが、伊達家が岩出山、仙台に移るにしたがいだんだん・・・政宗は虎哉宗乙を北山に迎えて資福禅寺を再興・・・中興の祖とした。
参道入り口から本堂前まで、ずーと「紫陽花」ワクワクですね。
本堂脇の竹林・・・これもまた・・・いい感じ・・・ここを通り抜けると輪王寺・・・山門を入り右に曲がれば覚範禅寺・・・
次回は退院前日の散歩・・・
そろそろお茶をしたくなりました。先生には2~3月稽古をお休みさせて頂きたい旨お話をしてましたが、むずむず・・・
今週金曜日から開始しようかと考えています。膝が持つかどうか気になるところ・・・花見も気になり、落ち着きませんね。
2009年3月 9日 08:40
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「林子平」(1738~1793)は仙台が生んだ「寛政の三奇人」の一人、名は友直、字は子平、号は六無斎。以前は半子町と言っていましたが、1967年子平町と改称されています。
「金臺山龍雲院」にお墓があり、国の指定文化財になっています。「寛政の三奇人」・・・後のふたりは、高山彦九郎、蒲生君平を言いますが、林子平が56歳で亡くなった六日後に切腹して亡くなっています。
ご存知・・・林子平が作った日本初の日時計です。歴史的には紀元前1500年程前からあるそうですが、この鎖国真っ最中の日本で日時計が作られた事に大変な意義を感じます。
叔父さんに養育された林子平は・・・いわばお構いなしの立場で、江戸や長崎に遊学しいろんな人物との交流から日本の国防の必要性を痛感します。「海国兵談」、「三国通覧図説」を自費出版しして世に問いますが、時の老中「松平定信」の「寛政の改革」が始まり、幕府政治に口出しを嫌う幕府から「危険人物」と睨まれ、発禁処分にされた上版木の没収処分・・・仙台に強制送還され、禁固刑に処されたまま死去しました。
日時計は塩釜神社にありましたが、現在は龍雲院に・・・山門を入ると左手に墓碑と共にがありますが、罪人であったためにお墓は立てられませんでした。亡くなってから50年後に赦免、1842年甥の珍平によって墓碑がたてられました。「伊藤博文」、「大槻文彦」寄贈の顕彰碑があり、林子平の偉業を称えています。
後に、アメリカのペリーが来航し、小笠原諸島をアメリカ領土に編入しようとした?時に、小笠原諸島の帰属が問題になったが「三国通覧図説」が既にオランダ、ドイツで訳されており日本側の有力証拠資料になった・・・と。この場合の三国とは、朝鮮、琉球、蝦夷を言い、ロシアの南下政策に気を配り蝦夷の教化を主張してます。
仙台出身・・・政宗も誇りですが日本に貢献しているよね。今の政治家に爪の垢・・・飲ませてやりたい!
時代背景が難しい時だったので・・・「奇人」扱いされたのでしょうが・・・「先見の明」
蟄居中は「六無斎」と号し・・・「親もなし、妻無し子無し版木なし、金も無けれど死にたくも無し」・・・不遇であった事は間違いありませんが、どんな心境だったのでしょうか。
又、「理非はただ、贔屓の沙汰を取り除けて、理の当然を明白にせよ」と詠み、保守(鎖国)の頑迷さからの脱却・・・近代的な臭いのする人物だったと思われます。
ここから再度、お約束の満勝禅寺、良いアングルでしょう~約6000歩~帰りは臭いのきつい・・・「鯛やき」屋さんを通って帰院・・・・・・
2009年3月 8日 20:36
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宮崎の梅園・・・たくさん写真を送って頂きましたが・・・梅はそろそろですかね。
秀林寺門前にあった・・・文字通り自分を見つめる句です。輪王寺からも満勝禅寺からも一足伸ばせば秀林寺が角にありますし、インド人系のお顔の大黒天が見られます・・・是非1度拝顔の機会を・・・です。
余談ですが、木町から柏木界隈には甘味処が多く、散歩しながら大変気になったお店多数でしたから・・・退院したら必ずお礼に???寄ろうと誓いました。閑話休題ですね。
今年は桜が早そうです・・・仙台でも1~2週間早いかな!で花見の打ち合わせが始まりました・・・。福島の花見山・・・
とっておきは「愛知県」・・・犬山城・・・ゆく前に散らなければ・・・です。
2009年3月 5日 09:20
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17日、本日の散歩は通丁~北八番町を北上~満勝禅寺でした。午後3時過ぎからで大分寒くなってきてましたが・・・、北山五山の一つで昨年初夏のウオーキングには入らず、気になっていた禅寺でした。
北山五山に入る、入らない・・・という課題もあるようですが、「満勝禅寺」は伊達家初代朝宗の菩提寺です・・・。鎌倉時代に伊達家4代政依公によって福島県伊達郡桑折町(現伊達市)に創建と伝えられていましたが、近年政依公以前に建立されていた事が明らかに・・・。
昨年も書きましたので重複しますが、北山五山は政依公が京都五山東福寺五世の仏智禅師を招聘し開山、満勝禅寺は寺格・・・御一門格として・・・何度も行って見たくなる風格のある静かなたたずまいでした。
この鬼瓦には解説がありませんでしたが、「當牛山満勝禅寺」に相応しい・・・、下は本堂を右方から撮影したもので・・・夕方でしたから、再度の訪問を期したものでした。翌週、退院前に行って来ましたが・・・この景色の中に居ると、落ち着きますよ。
伊達政宗は伊達家としては17代、仙台藩としては初代!私たちもこの辺は混同してますが、だからといって伊達政宗の存在価値が下がるわけではなく・・・むしろ、我らが政宗ですね。
2009年3月 3日 21:15
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今日は3月3日「ひな祭り」・・・若林市民センターに飾ってあった雛壇をご紹介・・・何やら綺麗だけでなく、3人官女の役割とかいろいろ歴史的背景があるようで・・・季節の区切りも含めて・・・日本はいいですよね。
16日、外出許可3日目は西公園~定禅寺通り~県庁前でした。
まだ寒いので花は咲いておらず・・・蒸気機関車「C61-貴婦人」が仙台市公会堂の側にありました・・・懐かしくてパチリ・・・この日も寒く、人が傍を通っても微動もせず宮城県庁前では鳩が日なたぼっこ・・・鳩も寒いのです。昔は鳩の鳴き声・・・デデッポッポー・・・と啼くと覚えていましたが・・・
前回の記事では広瀬川に白鳥・・・と紹介しましたので、写してきました。この日は10羽以上・・・白鳥、鴨とカモメ・・・と同じ場所にいますが、餌を撒くとカラスまで集まって1大絵巻です・・・問題ありと思いますが・・・。カラスが集まるとほかの鳥は寄ってきません。
2009年3月 2日 08:38
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この山門は三千大仙寺・・・曹洞宗・・・最尊の御仏を「大仙」といい、三千体の仏を祀ってある山門です。喜伝山秀林寺の山門も兼ねているようです。「喜伝山秀林寺」は奥州仙台七福神の一つ「大黒天」を祀っています。
「大黒天」はもともとインドの神様で、「大」は絶対を表し「黒」は宇宙を表すといわれ、生命の根源を司る福神です。五穀豊穣、商売繁盛、子孫繁栄、家内安全などさまざまのご利益が与えられるといいます。この大黒天は「三面六臂出世大黒天」と言われ、このお顔を拝顔すると日本人的顔立ちにはみえませんでした・・・やはりインドの神様・・・
七福神そのまま仏教世界の平和の象徴でしょうが、中国やインドには同様の七福神があるのでしょうか?薄学で知識の持ち合わせがないのですが・・・七福神は日本だけの福運・・・この思想は平安時代頃から出てき始め、室町時代には七福神として福を招く神々として祀られていたようです。
山門とは「三門」、仏法の入り口でそれぞれ「智慧の門」、「慈悲の門」、「方便の門」を言い、智恵はお釈迦様、慈悲は薬師如来、方便は阿弥陀如来が司ります。私の守り神は「普賢菩薩」・・・普賢菩薩は阿弥陀如来の脇に控えていますが、「方便」とは正直を「方」と言い、己を外にするを「便」というのだそうです。
自己中で解釈すると、私せずルールを守る阿弥陀様の補佐???
病室から見た朝日です。少し驚いたのは時間帯によっては白鳥が飛んでるのを見ることが出来ました。もっとも広瀬川には飛んできているので当たり前かもしれませんが・・・、以前は当たり前に見られた光景が珍しい・・・と感じるのも地球温暖化現象の一つ。
三浦大先輩の写真を無断拝借ですが綺麗にとれておりますね。いろんな写真を頂いておりまして、今年は折にふれつかわさせて頂こうかなと考えております。
この日は輪王寺まで・・・僅かですが・・・足を伸ばしましたが、以前の参道を知るものとしては少し寂しい!!
この日は15日・・・約5000歩でした。