裏千家 茶の湯奮戦記

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2009年3月 9日 08:40
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入院中の散歩・・・6-林子平(六無斎)

23日林子平碑.jpg

林子平」(1738~1793)は仙台が生んだ「寛政の三奇人」の一人、名は友直、字は子平、号は六無斎。以前は半子町と言っていましたが、1967年子平町と改称されています。

「金臺山龍雲院」にお墓があり、国の指定文化財になっています。「寛政の三奇人」・・・後のふたりは、高山彦九郎、蒲生君平を言いますが、林子平が56歳で亡くなった六日後に切腹して亡くなっています。

23日林子平日時計.jpg

ご存知・・・林子平が作った日本初の日時計です。歴史的には紀元前1500年程前からあるそうですが、この鎖国真っ最中の日本で日時計が作られた事に大変な意義を感じます。

叔父さんに養育された林子平は・・・いわばお構いなしの立場で、江戸や長崎に遊学しいろんな人物との交流から日本の国防の必要性を痛感します。「海国兵談」、「三国通覧図説」を自費出版しして世に問いますが、時の老中「松平定信」の「寛政の改革」が始まり、幕府政治に口出しを嫌う幕府から「危険人物」と睨まれ、発禁処分にされた上版木の没収処分・・・仙台に強制送還され、禁固刑に処されたまま死去しました。

日時計は塩釜神社にありましたが、現在は龍雲院に・・・山門を入ると左手に墓碑と共にがありますが、罪人であったためにお墓は立てられませんでした。亡くなってから50年後に赦免、1842年甥の珍平によって墓碑がたてられました。「伊藤博文」、「大槻文彦」寄贈の顕彰碑があり、林子平の偉業を称えています

後に、アメリカのペリーが来航し、小笠原諸島をアメリカ領土に編入しようとした?時に、小笠原諸島の帰属が問題になったが「三国通覧図説」が既にオランダ、ドイツで訳されており日本側の有力証拠資料になった・・・と。この場合の三国とは、朝鮮、琉球、蝦夷を言い、ロシアの南下政策に気を配り蝦夷の教化を主張してます。

仙台出身・・・政宗も誇りですが日本に貢献しているよね。今の政治家に爪の垢・・・飲ませてやりたい!

時代背景が難しい時だったので・・・「奇人」扱いされたのでしょうが・・・「先見の明」

蟄居中は「六無斎」と号し・・・「親もなし、妻無し子無し版木なし、金も無けれど死にたくも無し」・・・不遇であった事は間違いありませんが、どんな心境だったのでしょうか。
、「理非はただ、贔屓の沙汰を取り除けて、理の当然を明白にせよ」と詠み、保守(鎖国)の頑迷さからの脱却・・・近代的な臭いのする人物だったと思われます。

ここから再度、お約束の満勝禅寺、良いアングルでしょう~約6000歩~帰りは臭いのきつい・・・「鯛やき」屋さんを通って帰院・・・・・・

23日満勝寺.jpg


 


 

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コメント (1)

ずーとコメントしていませんが
楽しく読んでいます。

暖かくなると庭のそこここで芽生えが・・・
植え替えや肥料やりなど 気になってきたけ
れど なかなか時間がとれないままです。

生き物はタイミングがあるからね。
今年の椿をみて 来年のために手入れをしないと と思っています。
 

投稿者:yumi&kou

日時:2009年3月10日 00:01
 

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