
2009年5月31日 22:30
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30日噂に高い宮城県気仙沼の徳仙丈山のツツジを見に出かけました。生憎、風が強く・・・仲間は予定は予定で、仙台から2時間半・・・途中は晴れて、天は我を忘れず・・・とかなんとか言いながらの到着でした。
気仙沼では31日につつじ祭りの予定でしたから、日にちの選択は悪くなかったのでしたが天候には勝てず・・・風雨の中の撮影でしたから写真もご覧のとおり、こんな風雨の中よく登ったものとその根性に我ながら唖然!
推定株数50万株、日本一の噂もあるそうで、その片鱗はありました。来年天候を選び再チャレンジです。途中の団子、アイスが記憶に残りましたが、「花意竹情」 花や竹にも心があり情もある・・・と感じる心の豊かさとゆとり・・・こんな時に見に来るなよ・・・と言われているようでもありました。
帰る途中の「紫蘭」
下は千葉からのご提供「ノカンゾウ」・・・野甘草・・・
「且座喫茶」・・・しゃざきっさ・・・
22日以来しばらくお茶の稽古がお休み・・・しかし毎朝お茶を点て飲んでいます・・・何だか心身にいいような感じがしてたっぷり・・・ニコニコ・・・気持ちに余裕ができたような、暇なような・・・。
2009年5月29日 23:46
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花水木です
冬に白鳥、ガン、カモメ等、・・・が来ているのは近々歩きだして自然の様変わりに感心してましたが、春を感じる頃になると当然白鳥は北に・・・、宮沢橋まで来ていたカモメは海の方に降りて・・・と認識してました。
流石に今年は白鳥は予定通りでしたが、カモメは更に上流に飛んでいってますし、見て下さい!
ぼやけていますが、「鴨とアヒル」の番い・・・偶然ではありませんで、この組み合わせは1か月前から変わらず2組・・・
こんな事ってあるのでしょうか。気になる方は広瀬川、愛宕橋から宮沢橋周辺にいますのでご確認を!アヒルは間違いないのですが、鴨ではなくオシドリ・・・かも。自然が変化して環境が変わってきている一つの例でしょね。
広瀬川の両岸を歩くと都市化と緑のバランスがよく、水音、魚が豊富な性かいろんな鳥の鳴き声、それを彩る歴史との関係・・・考えた事がない発見が沢山です。資料を揃えて又、ご紹介します。
下の絵が芍薬ですが・・・。
お茶のお稽古は都合が合わず、来月の中旬までお休みですが・・・。膝と足の甲が痛くなっているので少しお休みが丁度かもしれません。
2009年5月26日 18:27
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24日の伊達政宗の命日に因んで、青葉城に初散歩を敢行・・・自宅からだとどのくらい掛かるか不安だったので駅前までバス、そこから歩き出しました。初夏の陽気と思いながら、長袖に軽いベストを着用。
写真は今の青葉通り、ケヤキが特に綺麗で私の中では仙台の自然の誇れるものの一つです。定禅寺通りの方が有名ですが、地下鉄工事に伴い切り倒しているもののご覧のとおり・・・この青葉通りを歩き大橋を渡り・・・一息入れて登るぞ!
御存じ 「隅櫓」
「宮城県護国神社」 鳥居
お馴染みの「青葉城」城址の「伊達政宗像」
正式には「仙台城」・・・仙台七崎の一つ青葉が崎から命名ですが「青葉城」は雅号だそうです。
青葉山には伊達氏の以前から城があり、「千体城」、ついで「千代城」、関ヶ原役後に伊達政宗が仙台に築城し「仙台城」と言われるようになりました。政宗が来る前は政宗の叔父国分盛重でしたが伊達家と対立逃げ出した為一時廃城になりました。以前、青葉山の麓で仏像が千体掘り出されたので千体城と名付けられたそうです。
うえは散歩途中の花 「アボンビューラベンダー」
下は「真っ赤なボケ」と「好みの色のボケ」
2009年5月24日 21:05
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5月24日伊達政宗のご命日・・・大崎八幡神社では「皐月祭」が行われており、我が佐藤宗秀社中が席を設けました。
「金雲自ずから去来す」 短冊の下の花は
お花は「おおばなえんれいそう→大花延齢草」
えんれい草、そのものは谷間の湿地に自生する多年草ですが、おおばな・・・は北海道や千島等に生えていて8月頃葉が枯れ出すと実が熟す。アイヌの人々は「エマウリ」と呼び好んだらしい・・・漢方としても使う・・・。
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下は「ご神饌」紅白の落雁・・・大崎八幡神社の御紋
お茶は大変美味しく2度頂きましたが・・・比較的静かな杉木立の中での一服は格別でした。境内では皐月祭や大崎八幡神社を訪れた人達も一服・・・仙台のお祭りには必須の「すずめ踊り」も一役でした。
境内での皐月祭・・・オダマリ!?
オダマキもいろんな種類の花があるものですね。
2009年5月22日 18:52
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「シラン」 野にあるより花が生きている?
炭点前の解説に風炉より、炉が重点的なのが何となくわかり掛けてきました。
季節により風炉から炉になる過程で、風炉の位置が段々部屋の中央に寄ってゆくのは、お客様の寒さに対する配慮です。部屋の温度や釜の湯の温度などを考えると、温度に対する気配りの形が「炭点前」・・・今回の稽古は宗秀先生のお声掛りで・・・緊張です。
初炭ですから・・・お茶を点てる前のチェック・・・炭を継ぐ位置まで決まっているのですが、夏の炭の位置と冬の位置は当然違います。これも火に対する知識で日常生活に役に立ちます・・・今でも・・・です。
お茶事の時は時間が掛かるので途中でも炭を継ぎますが、後炭と言って先輩がお稽古しているのは見ているのですが私はまだまだ・・・。この日は棚を使ったお濃い茶と2度!慣れているつもりでも間違ったり・・・。
上は「花水木」、下は栗原市の友人からの提供「おだまき」
日時が違うと咲いている花が違うのもこの時期!歩くのが楽しい・・・「若林区を歩く会」に参加しました。案外古い史跡があるんです。機会があればご紹介ですね。
お馴染みの「シャガ」
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2009年5月20日 18:50
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こてまり、みやこわすれ、つゆ草
この日の稽古は宗佳先生のご指導で「炭点前」・・・お茶事には必須のようで・・・H・S先輩に炭斗に炭と羽箒、火箸、環・・・炭の種類→割炭、点炭・・・準備を教えて頂きました。炉と違い少しやさしい・・・かな。と言っても一度ではなかなか覚えきれません。
久し振りに本棚から40年前に購入した「小習事全伝」を探し出し読んでみましたが、炉が主で風炉のお点前は少しでした。14代淡々斎が監修された教本・・・。
「稽古とは一より習い十を知り 十より帰るもとのその一」
私は一より習い・・・から進んでいませんから、帰る・・・もないので今年の目標「小習い十六ヵ条」をと考えています。
教本が見つかり・・・ここまでは教本ありですが、口伝になるとどうなるでしょうか?
いつもながら、床の間のお花には心が癒され、明日への活力を頂いています。
上はどこにでもある・・・野にある・・・シャガ
下は千代大橋の河原町よりに塊になって咲いているツツジ・・・そろそろ、ツツジも終わりですかね。でも30日には気仙沼近くの徳仙丈?に見にゆく予定です。
2009年5月18日 21:11
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5月16~17日「青葉まつり」が行われました。
「青葉まつり」は仙台の「三大イベント」の一つ。
江戸時代、仙台藩最大の祭り「仙台祭」。この祭りは承応4年(1655)に始まり毎年9月17日に行われました。明治になり、これにかわって明治7年伊達政宗を祀って「青葉神社の礼祭」→「青葉まつり」とも呼ばれ盛んになった。
昭和40年代に一時途絶えましたが、昭和60年政宗没後350年を期して復活しました。
「すずめ踊り」は青葉まつりの一環だったのが、今は「すずめ踊り」として独自の活動をしてるようです。
慶長8年(1603)仙台城新築の折、泉州堺(大阪府堺)の石工が即興でお祝いの踊りを披露したのが始まりといわれています。伊達家の家紋も「竹に雀」、はね踊る姿が餌をついばむ雀に似ているところから「すずめ踊り」・・・。
「竹に雀」に因んだとは理解していましたが、お祝いの踊りが発祥とは???、戦前までは毎年、石切町(現八幡町)の石工達が大崎八幡神社の祭礼に「すずめ踊り」を奉納するのが通例だった・・・そうです。
全体で何羽の雀が踊っているのか判りませんが、お囃子も含めると千人単位でしょうね。見てると凄いと・・・踊りたくなるような・・・一見の価値ありです。
ところで、仙台の三大イベント・・・青葉まつり、七夕、光のページェント・・・異色の定禅寺ジャズフェステバル・・・四大になりましたが、いずれも仙台が誇る祭り・・・泉下の政宗さんもお喜びでしょうか。
広瀬川の新芽をおまけに・・・次回は初めての?風炉による炭点前を・・・。
2009年5月16日 21:56
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山形県天童に家族で旅行しました。前日48号線で死傷事故があり30年位前に自身に起きた事故を思い出し、高速道で行こうかな・・・ETCついてないし・・・関山峠は新緑が綺麗なので一般道を利用。著名な「腰掛庵のわらび餅」とかき氷を食べながら・・・。
天童には出羽桜美術館をはじめ、市立美術館、広重美術館・・・案外多くの美術館があったので、「桜」特集を展示中だった出羽桜美術館を見学。出羽桜酒造に隣接しており、趣に富んだ展示で「桜」が絵つけされた古伊万里の皿や壺、李朝期の皿もが多数、桜に因んだ絵画・・・思わぬ出会いに気持ちが暖かくなりました。
中は撮影禁止で表の品のある庭・・・藤のアップと花水木と藤のコラボレーション!
急いで腰掛庵に・・・宇治金時抹茶かき氷、わらび餅を・・・休みが続いたためにかき氷なし・・・再度チャレンジです。
山形市美術館へハシゴ・・・4大浮世絵師展を見に行きました。東洲斎写楽、喜多川歌麿、葛飾北斎、そして安藤広重・・・撮影禁止は同様ですが、天童の広重美術館・・・安藤広重は山形県天童出身ですと。やはり無知は無知・・・なら天童で広重美術館みて来るんだったなぁ・・・。
上は山形美術館入り口前の花水木・・・今、東北は花水木が盛りで北上中・・・藤も・・・
この藤は河原町の角のある喫茶店の屋根から咲き誇っている藤ですが、香りがプンプン・・・この時期のお約束です。
2009年5月15日 12:27
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仙台野草園にある「ハンカチの樹」、今が見頃です。
連休中、野草園にお散歩・・・毎年この時期の野草園は沢山の人出で賑わいますが、初めてしっかり見た「ハンカチの樹」・・・面白い咲き方の花ってあるもんだなぁ・・・自然の造形の妙の一つですね。
中国の中部から西部にかけて自生し「はと(鳩)の木」とも・・・
ある時期の中国皇帝の一人娘と恋仲になった農村の青年、それを知った皇帝に殺され1本の樹になりました。その木に取りすがって泣いた姫の魂が花になった・・・という伝説があります。
この日は広瀬川から大年寺山の石段230段を登り、3回休憩しながら到着・・・家からおおよそ4500歩位、夏になると石段を登りきって野草園のお水を頂くのが楽しみ・・・美味しいですよ!抹茶ソフトもね。
上の風景は広瀬川の堤防の一景
いろんな花が咲き乱れて目を楽しませるだけでなく、心のお薬を処方?されてるようで散歩そのものが体の滋養になってるような気持ちです。
今週のお茶の稽古は本日!・・・風炉の稽古になって・・・いざ出陣・・・!
2009年5月13日 09:39
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満興寺は永徳2年(1382)梅雪禅寺によって開山、明治になって改築されますが、前回ブログに書いた永安寺の一部を利用・・・晴宗、政宗、晴宗夫人(栽松院→杉の目御前・・・久保姫、笑窪姫とも)のお位牌が祀られています。
虚空蔵山大満寺は1460年、国分盛行のの庇護により古内近江守が開基、伊達家二代藩主忠宗公の位牌と古内家歴代の位牌が安置されている。
泉地区の古い寺院は何らかの形で伊達家とつながっており、仙台藩初代伊達政宗との関係が深く・・・3回重ねた根白石の郷土史探訪に改めて驚きでした。この資料を纏められた煤孫さんに敬意を表すると同時に、面白可笑しく丁寧に歴史外伝(ホントカナー)を織り込みながらの散策・・・説明、感謝しながら次回も又・・・お願いします。
前回から今回までの記述資料は煤孫さんの資料転載です。
お昼の豪華昼食「田舎レストラン」の食事は歳を重ねた我々に優しい食材で、ご飯は「筍ごはん」・・・何よりもご馳走はお庭の花で、歩き廻った私達の気分を優しく包み癒してくれました。
「すずらん水仙」、「センダイハギ」、「あやめ」
前回の予備探訪の時(13日前)とはお花も種類も換わっており、こんな楽しみも・・・店主の手入れも大変でしょうが・・・出来たての「草大福」・・・筍ごはんをお代わりして尚、草大福を頂きました。美味しかったなぁ・・・。
今回は10人参加、次回は丸森・・・興味のある方はブログ上にコメントを!
2009年5月12日 11:44
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この郷土史探訪の会は別名「すぎやの会」 代表はN・Mさん・・・世話好きで気配りがよく、何よりもさわやか・・・事務局長はほら吹き道人こと煤孫さん・・・皆さん無償・ボランティアで会員を楽しませてくれます。
今回は泉区根白石・・・地下鉄八乙女駅集合一路、「乾徳山永安寺」へ
明暦3年(1657)伊達二代藩主忠宗の時完成。青葉城の乾(北西)の方角にあたるため「乾」の名をとり「乾徳山」とした。青葉城の裏門より山中を通り永安寺に至りますが、伊達家代々の非常時の忍び所として、一族の支度が準備されていた・・・方角別にいろんな裏道を作っていたものと思われます。
開基は雲居禅師・・・雲居禅師は天正10年(1582)愛媛県に生まれ修行・・・政宗、忠宗の招請をうけて松島瑞巌寺の住持になったのは55歳の時・・・瑞巌寺は天長5年(828)慈覚大師によって、比叡山延暦寺にちなんだ天台宗延福寺として開山、その後頼朝により臨済宗の円福寺と改名、300年後政宗が瑞巌寺として再建し「雲居禅師」をお呼びしたものです。
雲居禅師は生涯に開山・中興・再興した寺は全国で173ヶ寺、宮城県でも17ヶ寺・・・永安寺本堂裏山に座禅堂・・・今は石碑だけが残されております。
「鷲倉神社」・・・口伝によると「推古天皇(600初)の御代、登喜多麿の寄進」とあるそうですが、口伝ですから定かでない・・・でも続日本書紀に地名が出てるそうですから満更でもないし、アテルイの乱に通ずる伊冶公アザ麻呂の乱の時に鷲座の街道を閉鎖するように・・・と命令があったことが史実に明らかになっていますから・・・古いんです。
鳥居の形、雰囲気・・・この鳥居をくぐり参道を登る道は人通りも殆どなく、古代に浸る・・・タイムスリップしたような感じでした。境内には推定樹齢400年の姥杉があり、手を繋いで8人・・・根元直径3.7mで、鐘楼もあり・・・みんなで鐘を衝いてきましたが、時を知らせる鐘・・・少し遠慮しましたが、地域の人は鷲倉神社に人が来ていると・・・嬉しいらしい・・・ホントカナー
上の花は?・・・お判りになった方は教えて下さい。
この日の午後は、田舎レストランでの豪華食事?、満興寺~大満寺・・・この紹介は明日・・・
2009年5月10日 20:57
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「関 南北東西 活路に通ず」 前大徳 宗與老師
「関」・・・禅語の意味がありまして、先生に伺ってくるのを失念・・・来週のお稽古で教えて頂きますが、一つの山というか障害、あるいは悩みを越えると先が開けるという意でしょうか。
5月はいよいよ風炉による稽古開始です。鬼面切り掛けの釜・・・何か別の稽古をする気分でしたが、薄茶のお運びと濃い茶の平点前・・・懐かしいと感じながらふっと学生の時を思い出しました。
何故、懐かしいと感じたか?当時は大学も土曜日授業がありましたから、記憶が確かなら1週間で稽古日が5日間、
3年生の時に4日間になりましたが・・・大変恵まれた稽古環境にありました。ところが・・・洋館に作った日本間でしたから「炉」は切ってなくて、1年中風炉での稽古だったのです。置き炉などの知識も道具もなく、ひたすら風炉・・・当番が8時半には風炉に火が入っていて、いつでも稽古できる状態でした。準備し朝早くひとりで稽古すると・・・松籟・・・実感しましたし、気持ちが落ち着いた事を・・・いい気分でしたよ。
お花は「しらねあおい」でしたが、稽古に行った時は調子が悪く・・・かわりに自然のしらねあおいを・・・
下は似た花で「おだまき」
遅まきながら、突然ですが「広瀬川宮沢橋付近」で5月の初めから鯉幟の吹き流しをしております。今年はもう終了しましたが、季節感があって案外感じのいいものですし、この期間だけボートが運行されます。・・・おかしな事に暖かくなると「かもめ」は海にいって、この時期居ないものですが今年は大変多くのかもめが生息しています。
世の中環境の変化が身近に迫っているようで、価値観が普遍的な「茶の湯」が余計嬉しいし「お花」の美しさ、可憐さが心を和ませてくれますね。
2009年5月 9日 21:50
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温度が10度位も違う南国「宮崎」、近々は東国原知事で超有名になりましたが・・・50年来の親友も居て、毎年1度は会って交流を深めています。お茶が縁で・・・共通の話題も多く・・・美しいものに目がないのも・・・。
写真の奥に見えているのは阿蘇山だそうで・・・「あけぼのつつじ」 宮崎県北西にある高千穂町より奥の二上山山頂から撮影。ここまで宮崎から往復350KMだそうで・・・お疲れ様でした。
宮崎県高千穂町は神話の里で、「天岩戸」神社が特に有名・・・天照大神が弟のスサノウノ尊の乱暴に怒り、岩屋に隠れてしまい地上が真っ暗・・・悪が蔓延る世になってしまいました。神々が相談し岩屋から出て来て貰う為に岩屋の前で踊るというもの「天の岩戸」
又、「高天原」も有名です。「天孫降臨」後にこの丘に集い天上の高天原を遥拝したというもの・・・天孫降臨は宮崎の焼酎です。加えて「国見が丘」から見る雲海も一見の価値があると言いますが「雲海」も宮崎の・・・。
「ノカイドウ」・・鹿児島県境にある、えびの高原に咲いているのだそうです。
「ノカイドウ」は大正12年(1923)自生地として国の天然記念物に指定されましたが、平成13年(2001)には300株しかなくなり絶滅の危機に瀕しているいる・・・。
桃色の蕾と白い花びらが印象的ですが、天然記念物ですからね。
2009年5月 7日 15:04
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第3回郷土史跡巡り計画にあたり予備調査を実施した時の「花便り」です。
泉区永安寺を中心に史跡巡り・・・ですが、コンビニもないので水の補給と昼飯の場所でした・・・
泉区要害の「田舎レストラン」・・・
この写真は桜と椿のコラボレーション ですが、要害の地名は戦略上重要な地所・・・守りやすく攻め難い場所という意味で、伊達家ではこの地の守り・・・この地に朴沢氏を任じます。
「しらねあおい」、下は「わさびのはな」、「芍薬」、「二輪草」
「田舎レストラン」の周囲には、この時期こんな花が咲いていましたが、当日はどんな花に巡り合えるのでしょうか
時期的には「藪椿」 今年最終のご紹介・・・かな
2009年5月 4日 21:12
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桜北上中と言えど、今頃は北海道が満開?
若林区にある「松音寺」 初めて見つけた桜・・・松音寺は寛正年間(1460~1466)、福島県国見町に伊達家の菩提寺として創建、伊達政宗が仙台に開府と慶長7年(1602)蓮坊小路に移りました。政宗の子息宗綱など一族の菩提を弔った事で庇護を受けました。輪王寺、昌伝庵、泰心院と合わせて曹洞宗四大寺と呼ばれています。更に山門は、政宗の隠居城「若林城」の大手門を移築している由緒ある寺院・・・びっくり・・・。
下は山形霞城のお濠、20日に夜桜を見に行きましたが少し早く着いて事前観察・・・少し遅かったのですが・・・結構な夜桜でした。以下数枚ご紹介です。
下の絵はお濠に浮いている桜の花弁、霞城公園内は桜のはなびらで道が白くなっており、花弁の絨毯の上を歩く贅沢をしてきました。帰りは名物「おでん」・・・美味しいのですよ。
山形城「霞城」は延文元年(1356年)斯波兼頼が楯を築いたのが最初と言われ、子孫の最上義光が山形城を改築、最盛期には57万石を領した。
NHKの大河ドラマ「天地人」にも出てくると思いますが、1600年関ヶ原の戦いがあった年に上杉景勝は直江山城守を擁し山形に侵攻し、壮絶な長谷堂の戦いがありました。
2009年5月 2日 21:00
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豊受大神宮(とようけ大神宮)を外宮と呼ぶのに対して、五十鈴川の川上にあるのは皇大神宮(こうたい神宮)と言い、皇室のご祖神である天照大神をおまつりするお宮「内宮」といいます。観光は外宮は飛ばし・・・内宮のみの場合が多い?
JR伊勢駅・・・車で来る人が多いのか、駅の規模は小ぶりに感じました。降りて真っ直ぐが外宮ですが、バスで内宮に行く人も多いようです。
内宮に入る前に「宇治橋」、高校の修学旅行では宇治橋の袂で撮った写真が残っていますが、現在工事中で仮橋がかかっていました。
神苑の風景、かろうじて桜が残っており・・・桜が目的ではないのですが・・・
御正宮前の階段・・・記念撮影は当然ですが、階段を登ってからの撮影は許可が必要・・・。
第一鳥居、第二鳥居を経て御正宮に到着ですが、内部の撮影は当然禁止で石段の下からの撮影・・・「荒祭宮」(天照大神の荒御魂をまつる別宮)を拝観し・・・帰り道、左手に「風日祈宮」・・・、往きは第二鳥居を過ぎて右です。
五十鈴川を越える為に、風日祈宮橋を渡り(上の写真)風の神をまつる別宮「風日祈宮」、鎌倉時代の元寇の役・・・神風を吹くように祈願したお宮ですが、外宮にもありました。この時代は皇室、鎌倉幕府が全国の神社仏閣に祈願するように依頼?・・・内宮の風日祈宮が代表的でしょうね。真偽は別でも、「神風が吹く」の元祖・・・ここから第2次世界大戦まで・・・ですね。
微かに残る桜・・・帰り道の神苑ですが、PM3時半頃まだ人の賑わいもあり流石に伊勢神宮です。この後は「おかげ横丁」・・・
御存じ「赤福」の本店と裏には綺麗な風景が・・・街並みと・・・
この後はJRで伊勢市駅~鳥羽、鳥羽駅からバスで「エクシブ鳥羽」へ・・・
ホテルから見た英虞湾・・・朝日です・・・
瀬戸、犬山~お伊勢さんまでの旅行記は終了、仙台に戻っての桜シリーズは遅くなってますが連休中にご紹介します。飽きずに桜をお楽しみに・・・。
2009年5月 1日 00:04
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昔から「お伊勢さん」のお参りが盛ん!私も高校の修学旅行で行った事だけは記憶にあるのですが・・・、今回の旅行では是非行きたいと思い行程の中に入れました。伊勢神宮は合わせて125の宮社の総称です
通常、お伊勢さんは「内宮」を見て伊勢神宮だと思う人もいるようですが、外宮は「豊受大神宮」と言い、天照大神のお食事を司る神をお祭りしています。「内宮」創建から500年後山田原に迎えられ、衣食住をはじめあらゆる産業の守り神だそうです。
「多賀宮」と言い豊受大神の荒御魂をお祭りする別宮です。その他外宮創建後は宮城(きゅういき)の地主の神としての「土宮」、風の神をおまつりする「風宮」・・・鎌倉時代の元寇の役の際、神風を吹かせて日本をお守りになった神として知られている・・・。
外宮に入る前に「月見夜宮」・・・豊受大神宮の別宮ですが、JR伊勢駅に降りて右側に歩きます。ここだけが外宮から少し離れていまして・・・あまり参拝客が多くはありませんでした。
月夜見宮(月読宮とも・・)から外宮に行く途に見つけた椿・・・4月10日でしたが、しっかり満開・・・待っていてくれたか・・・と感激の撮影でした。
次は内宮のご紹介・・・