
2009年7月30日 12:53
テーマ:
広瀬川~愛宕橋から別れた七郷掘~舟丁を通り若林区役所へ・・・伊達家の治水事業が今も尚活躍して市民の生活に直結しています。
区役所の庭の一部ですが、こんなに多量の水が生き生きと流れています。流石、伊達政宗ですし昔の政治家ですが、事業計画がしっかりしてると400年後にも政治の成果として残るんですね。この区役所が分岐点になって、高砂地区、七郷の流れてゆきます・・・素晴らしい!
この分岐点の堤に咲いていた?「モミジの若芽・・花」・・・秋に再度紅葉をみに行こうと思ってます。
事業?は継続が原点・・・してみると茶の湯は1500年代千利休に形成されてから現在まで、各流派に分かれながら確実に継承されてます。
茶の湯そのものに続くだけの魅力が内包されていると思われますが、続けてきた先人の努力と伝統に裏打ちされた革新性・・・ですかね。常に変わり続ける姿勢がないと何でも続かないと思いますが・・・、案外難しい要因です。私自身はお点前を稽古しながら気持ちを集中する事に意味を見出しています。「おもてなし」は本来、主がその姿勢を見せる事で感じて頂くものですからね。それがあらゆる分野で形になっているのが茶の湯・・・制度疲労するかどうかは人によりますが「視られる」・・・評価されるという事を意識すれば疲労はしないかも・・・マイナスに働くと拙いのですが・・・。
伊達政宗のみならず、織田信長、徳川家康、武田信玄、今評判の直江山城守兼継、事業計画立案に優れた人
物・・・文化精神面では勿論我らが「千利休居士」歴史上枚挙に暇がないほどです。
政宗の治水事業から横道に逸れました・・・。
「のぼりふじ・・・ルピナス」
能書きはどうでも、素直に花が綺麗!
明日は7月最終の稽古・・・はたしていか様になるのかワクワクです。
2009年7月27日 17:07
テーマ:
先週のお稽古は「七事式・・・花月」が中心でした。稽古場に入って・・・緊張の一瞬、今日は私の稽古日ではない?と感じましたが、有無を言わせず席入り・・・「貴人清次花月」を途中からでした。何が何だか
判らず、唯やたら「月」が当りましてお茶の飲み放題・・・好きですからといって4杯、勿論次の稽古「濃い茶付花月」を含めてでしたが「折据」から札を取るのはくじ引き?・・・「濃い茶付花月」では薄茶の点前を一度でした。
「七事式」には花月の他、且座の式、茶カブキの式など沢山の種類があり、お茶を総合的に研修する稽古の形のようです。
「月、花、一、二、三」、花を引いた人が亭主(東・・・とう・・・だから亭主の補助をする人を半東)、月を引いた人がお茶を頂くという約束事で「濃い茶付花月」では最初に濃い茶を4人で頂き、後は薄茶を3服・・・で「月」を2回ですから当たり日でしたが・・・だから宝くじが当たらない?月を引かないとお茶を頂けませんから、それも悲しいですね。
「織ひめ銀河を渡る」と読めましたが、伺ってくればよかったなぁ・・・後の祭りですが、時候によってお軸が代わっています。拝見しながら大変さを感じています。
お花は「むくげ、金みずひき」でしたが、「むくげ・・・韓国の国花」です。気がつくといまはあちこちにむくげが咲いています。
夏場はお稽古が少なくなりますが、例年「七夕茶会」があり、8月6~8日(仙台ガス局ショウルーム)・・・無料ですから・・・行きましょう!
2009年7月23日 19:49
テーマ:
写真は「残月亭」 仙台城(青葉城)三の丸跡にあります。
姉歯家の家を移したと・・・伊達家には関係あるのでしょうが・・・。
上は道路側~博物館敷地にはいって内側から、下は博物館前のオブジェ・・・。
17日仙台博物館に行ってきました。「古代カルタゴとローマ展」の鑑賞説明会に参加・・・こんなのが好きで、今までは仕事の予定が優先でしたが趣味優先!
アフリカ・・・チュニジア「カルタゴ→新しい町」は紀元前814年~前146年・・・フェニキア人が先祖で建国の女王「エリッサ」・・・滅んだのは三次100年以上に亘るローマとの抗争「ポエニ戦役」ですが、紀元前に海洋国家・・・優れたで航海術や造船技術、装飾技術や冶金などなど・・・なんでこれくらいの文化程度があって負けるのか・・・人の数かな・・・100年以上も対抗するには現代のようにIT技術が発達してるわけでもありませんから・・・人→人材の補給ができるか・・・かな。
紀元前に象を連れてスペイン経由アルプス越えを計画し、ローマ滅亡の危機を招く戦略を立案した「智将ハンニバル」はこの時代アレキサンダー大王と比肩しうる戦略家です・・・憧れますね。
路傍のあおいとベランダの「シャコバサボテン」
明日のお稽古はありで、ワクワクですが日曜日ミニテニスを練習し肉離れ・・・年齢通りの体を忘れ、ついむきになるのでいろいろ故障が起こります。案外辛いものですが、お茶の面白さには代えられません。
2009年7月21日 11:47
テーマ:
先週はお稽古なし・・・サボリではありません。奮闘記は書けませんが、ないとなると稽古したくなる気持ちが強くなるのは幼児還り???
「茶聖 千利休」・・・最近あちらこちらで話題になり、如何にも判っているようなお話が氾濫してるように感じています。
精神の昇華を形にされ、比較できないほどの「引出」を無限にもっていた人・・・だから、我々凡人には「利休居士」を論ずる事など論外ですが、私が一番好きな部分は「待庵」に象徴される小間にての「おもてなし」を確立された事を第一と思っています。
お茶が日本人の文化として凝縮された一瞬だと思いますが、広間での上からみたお茶・・・馳走してあげる・・・感覚からの脱皮であり、村田珠光の「一座建立」、武野紹鴎の「一味同心」の具現化だったとも思います。
「目利き」に関する批判もあり、現代でも「いい仕事してますねぇ」とTVで話題になっていますが、鑑識眼、鑑定眼の問題であり自分が不明の為他人の物言いを信ずる事ですから・・・。
まして利休居士の目利きの確かさを疑問視するなら、自分の目利きも同様のレベルまで高める努力をすれば良いのに・・・「利休にたずねよ」にも書いてある事に賛同・・・です。
「羊頭狗肉」は中国の諺ですが、羊の肉が高価だったらしく、犬の肉を羊の肉として販売した事に由来するものです。
最近でもダンボールを餃子の実にして販売した例もあるようで彼の国らしい?、人の鑑識眼や味見も含めた理解力はいい加減で騙されて怒るのも判りますが、一番先は自省ですし鑑識眼を養う研鑽。が必要です。
2009年7月18日 18:31
テーマ:
真言宗「医王寺」本堂・・・雰囲気が良かったですよ。
上の写真は源義経を挟んで佐藤継信、忠信兄弟の石像。
「瑠璃光山医王寺」は福島市飯坂にあり、佐藤一族の菩提寺です。
佐藤一族は源頼朝が平家相手に討伐軍を起こした時に、平泉にあった藤原秀衡が源義経に寄騎としてつけた・・・と思っていましたが、福島県伊達市(福島市北部、桑折、国見、保原)あたりを領有してた佐藤一族(この時は佐藤基治)
が源氏を支援していたので、自分に代わって息子の佐藤継信、忠信をして供をさせた。
山門を入って左右に紫陽花が咲いていましたが、植えても居ましたから来年、再来年と段々綺麗になる事と思います。佐藤一族のお堂の右脇には下の絵のような継信、忠信の大きな板碑、左には悲涙ものの「乙和御前の碑と乙和椿」がありました。
因みに・・・長男「継信」は屋島の合戦の時に平家の能登守教経の矢から義経を守り、次男「忠信」は京に戻り堀川の館を攻められた時義経の身代わりとなり死亡・・・息子の帰りを待って悲嘆にくれていた母「乙和御前」の為に植えられた椿は今でも咲かないのだそうです。
![]()
長くなりましたが、その後信夫庄司佐藤基治は文治5年(1189)源義経を謀殺した藤原泰衡を討伐しようとする源頼朝により「石那坂の戦い」により滅ばされます。この時鎌倉方の常陸入道念西(伊達朝宗とも)が功があり、今の福島県伊達市付近を領国として拝領し伊達家の祖となったと言われています。
藤原秀衡の遺言を守らず義経を謀殺した藤原泰衡・・・こんな領主に寄力した人々も浮かばれませんね。人を見る目を養わなければいけないのは古今同じです。医王寺・・・いろいろ考えさせられましたね。
2009年7月17日 11:10
テーマ:
「行く雲、流れる水」 一所不住→一つ所に留まらない・・・まったく自由な境地を表す言葉・・・かな。いつもこんな気持ちで居られたらいいなぁ・・・という理想的な心持ちでしょうか。
「土合館公園」は福島市松川にあり、戦国時代には「八丁目城」があったところです。
「仙道」といわれる福島県中通の北が伊達家の本領・・・いまの伊達市ですが、伊達家14代高宗の代に伊達家の基礎が出来上がったらしい。高宗は第11代足利将軍義稙に多大な進物を贈り左京大夫に任官、伊達家念願の陸奥守護職に任じられています。将軍に一字拝領を願い出て「稙宗」と改名 天文11年(1542)長男晴宗や家臣団と対立抗争~天文17年(1548)晴宗と和睦し、伊達家15代を晴宗に譲り宮城県丸森に隠居した。
これを「天文の乱」と言いますが、その舞台になったのが「仙道・・・福島県中通」・・・松川付近で八丁目城も重要な拠点で、今は「あじさい小路」として祭りの中心地です。
この日は仙台~福島までバス、~松川までJR~福島~飯坂に移動し史跡巡りと紫陽花見学でした。次回は飯坂の「医王寺」良かったですよ。
2009年7月13日 18:06
テーマ:
「喫茶去」 逸外老師 妙心逸外・・・と記してありました。好きな文字ですし風格を感じますね。
お花の取り合わせは「紫陽花、金みずひき、しまあし」
下は行台子の組み合わせ・・・
お点前を始める準備、これがお客様がいてお茶を点てると想像すると緊張します。一年に一度の稽古ですから私の年代ではなかなか手順を覚えにくく、間違わずにお点前すると40分・・・だそうでお客様の視線が一点集中しますから緊張の度合いがまったく違いますね。 ・・・チャレンジ・・・
それだけにお花の存在と、何気なく活けられている気配りに?ほっとします。
下の紫陽花は「貴婦人」・・・ちゃっかりお庭のお花をパチリでした。
更に紫陽花紀行は続きます・・・次回は福島市松川の土合館公園と医王寺の紫陽花を2回に分けてご紹介の予定です。
2009年7月11日 23:15
テーマ:
栗駒の友人からの提供ですが花の名前が判りません?
下は黒松の庭の紫陽花です・・・少し育って来い・・・ですね。
紅紫陽花・・・一輪・・・こんな色も少し珍しいかな
この百合も同じ庭に咲いていました。気持ちが和らぎますね。
今週のお稽古は「行台子」でしたが・・・、先週までのお稽古は行台子の稽古をするための前準備・・・今頃気が付いている自分の暢気さに唖然! 先輩のお稽古を拝見させて頂いてから稽古でしたが、宗秀先生曰く普通で40分くらいだそうで1年振りで稽古する私は50分位でしたか。
膝を休めてからでしたが都合1時間半・・・膝がガクガク・・・地下鉄の階段がたいへんでしたが、稽古をしたな!と言う感じでした。次回のご紹介です。
2009年7月 9日 21:02
テーマ:
宮城県多賀城市の史跡は「国の特別史跡」に指定されています。
当時の政権は平城京を中心に、南は九州大宰府、北は多賀城に国府兼鎮守府を置き、各々熊祖と蝦夷に備えました。
多賀城創建は神亀元年(724年)と言われていますが、文献上は839年「日本後記」によります。多賀城以前は郡山遺跡(仙台市太白区郡山)に陸奥国府として既にあったと言われていますし、現在遺跡を発掘中です。
多賀城祉の側にある公園で「あやめ祭り」が行われていました。土日には野立てによるお茶も振る舞われます。以前山形県長井市のあやめ祭りを見に行きましたが、勝るとも劣らない見事なあやめでした。
延歴21年(802年)坂上田村麻呂が蝦夷対策として岩手県奥州市の胆沢城に国府を移転、その後地震等により多賀城は荒廃したが南北朝時代を迎え、北畠顕家が鎮守府将軍になると朝変に備え福島県霊山に国府を遷した。
しかし完成を観る前に、北畠顕家が南北朝の戦いで戦死した為国府霊山はに日の目を見ずに終焉を迎えた。
東北に誇れる史跡は沢山ありますが、多賀城を以って嚆矢としていいと思います。郡山遺跡も発掘中ですが史跡として認定するには今後も時間がかかりそうですから。
あやめもいろいろ名前がついていましたが・・・写真と名前が一致せず・・・「初紅:・・・種類はいっぱい・・・」
明日は行台子・・・。
2009年7月 8日 00:10
テーマ:
「雲関」 この額を書かれた人の名前は読めませんでした。達筆なのもですが、保存状態が悪く・・・一年に1度しか開けなければねぇ。禅語ではこの「関」という字をしばしば使いますが・・・以前にも書きましたから・・・。
下は「平常心」 これも同様でしたが、今月半ばまでは開いていますので、お茶を頂きながらどなたが書かれたか挑戦してみるのも一興! 雲関の額の右下に前回紹介した「瓢箪から駒」の屏風・・・屏風中央に黒い点?・・・が駒です。
片隅にお茶を点てる道具があり・・・お茶は水屋で点てて・・・本当の一服でした。
部屋の机上にあった「虎の尾:つゆ草」
以上で資福禅寺の紫陽花紹介は終了・・・ですが、紫陽花はまだまだ続きますし、国府多賀城遺跡のあやめも近々紹介します。
福島市松川の「土合館公園・・・八丁目城」の紫陽花、福島市飯坂「医王寺の紫陽花」・・・きれいでしたよ。
2009年7月 6日 23:12
テーマ:
伊達家19世政宗公夫妻と輝宗のお墓があると・・・。紫陽花寺として有名になりましたが、昨年でしたか?花を切り取った不届きな輩がおりまして・・・小粒かなぁと感じました。
この日は境内にある屋敷が開けてあり、お茶の休み処としてお菓子に抹茶がついて提供しておりました。今月の中頃まで・・・1年でこの時期しか明けないのだそうで・・・。
そこにあった屏風「瓢箪から駒」の絵
肝心の紫陽花は・・・
もう少し紹介したいのですが、次回は屋敷の中に掛っていたお軸と・・・です。
2009年7月 5日 22:22
テーマ:
覚範禅寺の紫陽花ですが・・・今頃は満開・・・更に見事な花を競い合いながら・・・行ってみると資福禅寺だけでないんですよ。覚範禅寺は資福寺の隣で、裏側で続いていますから簡単ですが、正面から登っていったほうが趣があります。
覚範禅寺の山門を入ると「歩く是道場」の石碑があります。左手に向かって奥の方に歩くと、政宗の母「保春院」の墓がありました。
散歩をしてるといろんな花に巡り合いますが、今は紫陽花が一番!纏まってあるともっと綺麗に見えるかもしれませんね。昨年の鎌倉旅行の紫陽花が強烈な印象で、調べると京都や奈良、神戸にも紫陽花が綺麗なところとして紹介されていますが、東北にも随分名所があるようです。開花時期が重なりますので短時間には見学は無理でしょうが、計画を立てて追っかけも検討です。
紫陽花だけでは少し・・・バラも如何ですか!
2009年7月 2日 20:53
テーマ:
「紫陽花、あざみ、しまあし・・・」
稽古環境は前週と同じでしたが、今週は「長板・・・濃い茶二つ飾り」でした。前週は総飾り・・・いろいろなんです・・・長板の点前の由来は水指だそうで?・・・「小習い」に茶入れ飾りも、茶碗飾りもあるのに水指飾りというのはありませんから。
長板を使うとお点前に雰囲気充分・・・黒塗りだからでしょうか・・・真台子をお稽古していないのは「許し」がないからですが、意識が高揚する感じでした。
台子の稽古は竹台子を使ったものでしたが、四隅にある竹・・・節が2個と3個が各1組・・・計4本、向って右側に節3本を立て、対角線の後方に残りを差していました。従って左手前方に節2本・・・対角線後方に残りを・・・。
7月からは行台子・・・等だそうで、ついてゆけるか心配!
上は26日、稽古に向かう途中咲いていた紫陽花をパチリ、下は昨年鎌倉紫陽花旅行した際の「長谷寺紫陽花」です。
鎌倉の紫陽花はそろそろ終盤でしょうが、機会があれば綺麗どころを再掲!
今週は明日3日、お稽古です。