裏千家 茶の湯奮戦記

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2010年11月 1日 13:47
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仙台33観音めぐり・・・2

前回の紹介は2番札所まででしたが、1回目は7番札所まででしたからまだまだですが・・・。

順番では3番札所(資福寺観音)なのですが、牛越橋を越えて2番札所観瀧庵観音堂の後は4番札所へ・・・

10:4保春院灰塚跡.jpg

4番札所である「永昌寺」は保春院(政宗の母)が死去した際、葬礼に使った道具一式をこの地で焼き「灰塚」として残したもので、永昌寺は輪王寺の末寺・・・ここには観音堂がなく本堂に観音様が祭られています。曹洞宗では釈迦如来が本尊ですが、この寺は観音さまを本尊としています。
下は灰塚に咲いていた彼岸花・・・10月4日の撮影です。

10:4保春院跡彼岸花.jpg

5番札所の「昌繁寺」を経て、6番札所「荘厳寺観音堂」   民間人たる鬼同庄兵衛が藩祖政宗の為に一寺の建立を念じ元和2年(1616)現在の寺地を拝領した由緒ある寺で、2代忠宗公も度々巡行したり、4代綱村公も度々訪れ藩との交流を深めたようです。

10:4荘厳寺山門・逆さ門.jpg

又、荘厳寺山門は伊達騒動の中心人物である原田甲斐の屋敷に会った四脚門を移築し、柱も梁も上下逆さまに使われているという「逆さ門」としても有名です。

この寺裏には「白蛇弁財天」がありますが、仙台城にあったものを2代忠宗公の時に荘厳寺に移築、同様に自然石に「釣り針」とも見える墓があり、キリストの頭文字「C」なのだそうですが徳川時代に隠れキリシタン・・・支倉常長もですが密かに仙台藩にはキリスト教が根付いていたのかも・・・。

7番札所「大願寺観音堂」・・・寛文13年(1636)政宗が亡くなり、葬具一式を焼いた跡に寺を建てたい旨願い出て2代忠宗公に許され拝領したので「大願寺」   山門は4代藩主綱村公夫人仙姫の霊屋門を移築、本堂裏には下の写真「灰塚」が有ります。

10:4政宗灰塚.jpg

大変立派な「灰塚」で、灰塚の周囲は仙台萩で満開でした。いろんな史跡があるものです。

10:4灰塚萩.jpg

午後から雨が降り始めて傘を指しての史跡巡りでしたが、1回目の最終は3番札所「資福寺観音堂」・・・その前に輪王寺角の「秀林寺」・・・仙台七福神の一つで珍しい大黒天を見学・・・参加の方々はここまでも大変元気で、北山五山の一つで何度もご紹介の資福寺へ・・・実は私も資福寺境内には何度も足を踏み入れてはいましたが、山門入って左手にある廚が観音堂とはわかりませんでした。

10:4資福寺観音堂.jpg

資福寺は聖観音菩薩が祭られています・・・資福寺の由来は何回も書いていますから省略します。
次回は12月6日月曜日AM9時です。興味のある方はどうぞ・・・仙台駅2階の以前政宗像があったところですから。


 


 

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