Trouble shot~ トラブルショット ~

最新BLOG


2008年9月18日 21:21
テーマ:

交流いろいろ

さて、50周年の行事でリバーサイドに行ったときのことを長々ご紹介しましたが、実は2007年の10月末から11月初めにかけて、市民代表団が来仙して、礼のGiant Orangeを仙台国際センターの交流コーナーの入り口脇に設置し、除幕式が行われました。私はそれに参加できず、また滞在中、通訳としての仕事のため、殆ど写真が撮れず、こんな仙台空港に出迎えたときの写真しかありませんが、みなさんいい笑顔です。
b市民代表団リバサイド 008.JPG
仙台国際ハーフマラソンには、毎年リバーサイドから男女各1名と団長の計3名の方々が来仙して、オレンジクラブ(仙台リバサイド交流連絡会)会員と交流します。この写真は、その折の仙台市当局との「交流協議」の場でのものです。
bハーフマラソン交流協議08 004.JPG
2008年9月10日から16日まで、ちょっとした仕事があってリバーサイドに行きましたが、そのときも姉妹都市としての交流関係のおかげで歓待してくれました。人の顔をだせないので、アメリカの広さを実感できる写真を載せます。先ずは昼の91号線で、雰囲気はわかりますよね。
b91号線昼.9.16.08 033.JPG
夜になると、こうなります。
b91号線夜 022.JPG



 


 

2008年8月26日 17:00
テーマ:

グランドキャニオン

さて、グランドキャニオン観光の客を集めるバスが各ホテルを回って来る。従って、バスの方ではホテルの客が時間通りにロビーに集合しているかどうか、神経質になる。幸い、我が団体は早々と集合、担当運転手が大層喜んでくれて、それから親切なこと。他のホテルで待たされたりしたものだから、なおさらだった。
 途中の受付事務所で、持ち込み手荷物と一緒に体重測定。乗客の重量のバランスによって、バラストを調整するらしい。さっきのバス運転手が、世話してくれて早く体重測定が終わると「バスに早く乗って、いい席を確保したらいいよ。」とアドバイスをくれる。さっそくみんなでバスの席を確保すると、ここからはガイド付きで、周辺の景色を説明しながら飛行場まで走る。バス運転手がアドバイスを呉れたわけである。
 飛行場に着いて、お礼にチップをバス運転手にあげると、その足で飛行場のコーヒー売り場でコーヒーを飲んでいる。チップがコーヒー一杯代だというのを実感する。
 私たちが乗った飛行機は、客席から操縦席を覗くことが出来る。これがその写真。
CIMG1938操縦席A.JPG
 グランドキャニオンの飛行場に着いて、飛行機とともに記念写真。
CIMG1939.JPG
そして、グランドキャニオンです。グランドキャニオンでは、英語(バス運転手)と日本語(ガイド)両方の説明がつくが、猛禽やハイエナとかピューマがいるので、迷ったり崖から落ちたりしたらすぐ骨になるとか、巨大国立公園として住民がどれくらいいて学校がいくつあってなどという説明で、両者が微妙に話の内容がズレるのが、結構面白かったです。
ハイ!グランドキャニオンを背景に記念写真でした。
CIMG1941グラ顔.JPG
ところで次の写真は何だか分かりますか。トカゲが日向ぼっこをしていたのです。標高が高いので、気温が下がります。それで体温調節のできないトカゲが日光を浴びて温まっているのですね。私がカメラのシャッターを押すか押さないうちに逃げていきました。それでピンボケです。
CIMG1942.JPG 


 


 

2008年7月17日 12:08
テーマ:

砂漠を飛んで

 いよいよリバーサイドを発って帰国の途につくのですが、私たちの団体は3パートに分かれたので、リバーサイドでお世話をしてくださったIRC(リバーサイド国際交流協会)の日本委員会の方々は大変だったと思います。
 リバーサイドから直接帰国される方が4人、サンフランシスコ経由で帰国する方が8人、ラスベガスとグランドキャニオンを回って帰国する方が12人、そしてアメリカに住んでいるご家族のお宅に向かう方が2人で、最後のお二人以外は全て空港まで送る車の手配が必要でした。一番早く発つのがサンフランシスコ組で早朝5時の出発でしたのに、しっかりと見送りに来て頂きました。
 私はラスベガス・グランドキャニオン周りでしたので、朝7時くらいの出発で、その前に日本庭園の姿をもう一度写真に納めるために徒歩でホワイトパークまで行ってきました。それがこの写真です。
Riverside07.03.18 116.jpg
さて、リバーサイドは古くは米国の北部や北東部の金持ちたちの避寒地だったため、割といろんなところに行くのに便利です。ロサンゼルスはもちろん来るまで1時間ですし、ハリウッドとかユニバーサルスタジオには1時間40分、ディズニーランドまでは、わずか40分で行けますし、カリフォルニア州の住民と一緒だと入場料が割引料金になります。ドジャーススタジオも1時間ちょっとで行けます。サンディエゴには2時間程度かかります。
 さて、そんなわけで砂漠の上を飛行機で1時間、ラスベガスに着きました。空港からシャトルバスを使う予定だったのですが、集団がバラけて探すのに手間取ったりして、シャトルバスがなくなってしまいました。待つしかないか、と思っていたところに、ガイドさんが「リムジンが格安にしておく、と言ってるが、どうするか。」という話。聞いてみると、予定料金の範囲内。即OKということで、そのリムジンがこの車。内部にはドリンクバーもありました。もちろん、荷物と一緒なので、そんなものを利用するじょうたいではありませんでしたが、それでも、豪華な気分にひたることができました。
CIMG1930リムジン.JPG
それでも、ホテルにとっては午後のチェックインの時間には早すぎて部屋が掃除中とのこと、自室に入るのにしばらく待たされたのですが、その間飲料水の買い物をしたり、カジノの様子を見学したり、夜の予定を相談したり、結構時間をつぶして、夕食後、夜間ツアーへ。
 他のホテルの面白い出しものを楽しんで、世界一高い展望台とかに上り、夜景を鑑賞。砂漠というまったいらな土地に碁盤の目状に街路灯が連なり、広大な夜景でした。写真が少しはみ出してしまいましたがご勘弁を。
CIMG1935夜景.JPG
次にフリーモントストリートで、ジャズの街頭ライブを楽しんだり、天井の巨大電光標示に見とれたり、一渡りそぞろ歩きをした後、時間があるので、かの有名な噴水ダンスを見に行きました。
CIMG1937噴水ダンス.JPG
ニューヨークの9.11テロの後ということもあって、この日の演奏は「ゴッド・ブレッス・ザ・ユー・エス・エー」。ゆったりした音楽に乗って、噴水が跳ねる、うねる、踊る。相変わらず、楽しめるパフォーマンスでした。
 明日はグランドキャニオンです。


 


 

2008年4月 3日 16:58
テーマ:

心を結ぶ芝居もよし

 ラ・シエラ大学見学を終えて、リバーサイド市庁舎での日系人協会の歓迎会に臨みました。
 こういうレセプションには市長室脇の部屋が使われるのですが、ロバリッジ市長の挨拶の次に、藤井前市長の挨拶です。窓のガラスに浮き出ているのがレインクロスと言って、この土地の原住民が雨乞いのシンボルとして使っていた十字架と鐘を組み合わせたシンボルで、リバーサイド市の紋章になっています。須藤50周年R訪問 165.jpg 部屋の外は屋上になっていて、その眺望の素晴らしさは思わず何枚も写真を撮ってしまうほどで、ここにも数枚ご披露しましょう。ちょっと分かりにくいですが、町の外が草木の生えない裸山です。つまり、人工的に水の供給が出来る地域だけが緑地なのです。須藤50周年R訪問 163.jpg 別の方向になります。白いトンガリ屋根のある位置から、前の写真との位置関係が分かると思います。こちらは山が少し迫っていますが、全体的な景観の広大さを感じていただければと思います。須藤50周年R訪問 162.jpg 最後が、屋外パーティ会場にセットされた、一番外側のテーブルを手前に置いた構図です。水の貴重なこの土地で、生花をあしらったもてなしは、その歓迎振りを示しています。DSC00958.JPG 藤井前市長に日本庭園の額を揮毫していただきました。庭園の名前は「結心庭」(ゆいしんてい)です。二つの都市の市民どうしの心をつなぐという名前です。50年の歴史を踏まえ、これからの暖かい交流を期待して選びました。Riverside07.03.18 090.jpg 額を揮毫していただき、「さくらさくら」を皆で合唱して、この歓迎パーティはお開きになりました。
 次は、観劇です。市民劇団が活動する劇場がありまして、姉妹都市交流50周年を祝って「八月十五夜の茶屋」(英語名はThe Tea House of the August Moonです)という芝居をやるというので、日本庭園を造るために来たときに私たちの会員が劇団に衣装を寄付したのでした。映画にもなった物語で、京マチコやマーロン・ブランドが演じていました。
 これは劇場の看板で演しもののタイトルが標示されています。DSC01003.JPG内部は円形劇場で、観客席が舞台をまるくとりまくようになっていました。
 ストーリーは、進駐してきたアメリカ兵たちが、沖縄の自然とともに生きる人々に感化されて、人生を楽しむ生き方に目覚めていく、というものです。台詞は当然英語が多いのですが、かなり日本語の台詞もありました。須藤50周年R訪問 170.jpg 芝居がはねてから、劇場の外庭でパーティでした。素人劇団で、この公演の1週間前に重要な役の人が転勤になって急遽代役を立てた、などという苦労話もありましたし、観客と役者がこうやって親しく話を交わすのも新鮮な経験でした。
 日本語の台詞を褒めたら「2年ほど愛知県の高校でALT(外国語指導助手)をしていた」という話も聞けました。役者さんたちを囲んでの写真です。須藤50周年R訪問 171.jpg勤務時間が5時前に終わり、一家団欒の食事が済むと、親たちが連れ立って素人演劇を楽しむ生活はうらやましいですよね。人間らしい文化的なゆとりある生活をいつの日か、私たち日本国民みんなも手に入れる時代が来ることを期待しましょう。


 


 

2008年3月30日 07:40
テーマ:

ジンバブエに住宅を

 ロスから戻って、一夜明け、3月23日の最初の行事がラ・シエラ(La Sierra)という高級住宅街の一角にある「ラ・シエラ大学」の見学。理由は、この大学でやっている学生事業で、姉妹都市仙台にある白百合短期大学と連携があるので、その事業のプレゼンテーションを学生がするのを見て欲しい、ということ(白百合短大の方でそういう関係があるのかどうか、まだ確認していません)。これがその大学のキャンパスできれいに整った施設でした。Riverside07.03.18 071.jpgさて、そのプレゼンテーションですがパワーポイントを使って映写しながら、英語で説明が延々と続く代物。みなさん、お疲れの中大変だろうと心配したのですが、さすが参加者は立派なもので、最後に質問の時間があったとき、数人がしっかり質問して納得しておられたのには感心し、感謝しました。
プレゼンテーションの内容は、「リバーサイドの気候と土質が、アフリカのジンバブエに似ていることから、建築が簡単で構造的にも強い建築を、その土地の土を使って建築する方法を研究し、そのノウハウを売却して資金を得て、ジンバブエに住宅を提供する」とか言う(あまり自信はありませんが、大体そんなところ)ものでした。
 これがその住宅建設の研究現場で、土にセメントを一定の割合でまぜたものを袋に詰めて、それを積み上げて家を造るわけです。積み上げた袋と袋がズレないように袋を積んではその上にバラ線を一本しいて、その上に次の袋を積み上げるという方法でした。通気性とかいろいろ面白いこともあるのですが、詳しく書くのは遠慮しておきましょう。Riverside07.03.18 072.jpg施設はキャンパスに隣接する小高い場所にあるのですが、周りの景色はこの通りです。丘が連なっていて、そのおかひとつ一つの頂上付近には(つまり、この研究施設のすぐ上にも)、8畳間くらいの大きさの岩がむき出しになって、今にも転がり落ちて来そうな風情で鎮座しているのです。
 でも、怖がっているのは日本人だけで、土地の人たちは何ら気にしていません。雨が降らないので風化しないのでしょうか、とにかく落ちてくる不安はないとのことでした。Riverside07.03.18 075.jpgこの後、大学の購買部でショッピングを楽しんだのですが、学生相手の文房具とかトレーナーとか、あまり値段が高くなくて実用的で、記念になるロゴが入っているので、よく売れたと思います。
 その後、学食に連れて行かれてお昼をご馳走になり、途中自然食品店に寄って、そこでも買い物。「デーツ」と言って、ナツメヤシの実の干したものがお勧めということで、人気でした。Riverside07.03.18 097.jpg上の写真は「おまけ」です。ホテルの窓からリバーサイドの市街を見たところで、高い木々が見えるのが「ミッション・イン」と言って、ホテル兼博物館で、前々日にロータリークラブの昼食会に招かれたところです。
 この大学見学の後は、日系人協会の歓迎会、そして観劇へと続きます。


 


 

2008年3月29日 10:41
テーマ:

ロサンゼルス歩きめぐり

 行事が公式代表団関係のみで、私たち市民代表団が自由になる日が3月22日にありました。Riverside市は車でロサンゼルスから1時間なのですが、ロスの通勤圏になります。多くは車での通勤なのですが、渋滞がひどく、それを緩和するために「メトロリンク」と呼ばれる新幹線が走っています。
 その新幹線も車よりはスピードはあるのですが、どういうわけか、ロスまで要する時間は1時間程度です。多分、走る距離の問題と、途中の町々で通勤客を乗せていく時間をとるためかと思われます。
 面白いのは65才以上はほぼ半額で利用できることでした。つまり、車を使うことのおぼつかなくなった年齢層に利用してもらって、事故を減らそうと言う意味もあるのかと思われます。
須藤50周年R訪問 132.jpg
  車体の大きさを実感していただきたくてこの写真を入れたのですが、分かりますでしょうか。
須藤50周年R訪問 134.jpg
 須藤50周年R訪問 135.jpgロサンゼルスの駅です。これだけの人数+写真を撮っている人とエスコート役のカーラ・アダムスさんも加わりますので総勢24人でロスの町の中をゾロゾロ歩いたわけです。今になって思うと異様な光景だったでしょうね。

 駅から程近いチャイナタウンです。ところが店が開くのは11時とかで、考えてみればこういう商店は夜が活動の時間帯でしょうから、朝は遅いのが当然です。逆コースで回った方が効率的だったと反省しました。
06Riverside Garden 2-009.jpg
 オリベイラ・ストリートといいます。チャイナタウンから少し南に下がったところにあるメキシコ街です。露天市場ですが、いろいろ面白い買い物ができました。須藤50周年R訪問 138.jpg 「日系人博物館」"Japanese American National Museum"です。個人で行くと入場料がバカ高いので、団体で行かれることをお奨めします。"Remember Pearl Harbor!"の合言葉の下、戦中戦後の日系人の苦労が偲ばれる展示でした。戦争は善意の人々を翻弄します。須藤50周年R訪問 141.jpg リトル東京、つまり日本人街のシンボルタワーです。町の規模は大きくはありませんが、参加者のみなさんは久々の日本食を手に入れて、よろこんで帰途につきました。最後に晩御飯の準備ができたのは、このコース取りの良いところです。須藤50周年R訪問 142.jpg 折りしも、慰安婦問題がアメリカの議会で問題になっていたときでしたが、日系人博物館関係者が自分たちの人権がないがしろにされた歴史は強く主張しながら、慰安婦問題については日本という国の主張の擁護に回っていたのは、アメリカという社会で自分の正当性を強く主張しなければ生きていけない事情があるにせよ、もっと普遍的な意味で人権を考える必要があるのではないか、と考えさせられたものです。もっとも、自分自身でも、このような意見はアメリカの中で、エスコートしてくれたKarla Adamsさんにしか話せなかったのでしたが。 
  


 


 

2008年3月23日 16:10
テーマ:

展示物を前に飲み食い

さて、大学婦人協会の楽しく興味深い記念集会が終わりまして、次はRiverside市博物館による「日本の染色と着物展」でした。普段はリバーサイドの産業、動植物その他自然科学系の展示物を扱っている博物館なのですが、このときは特別展に日本の文化として、着物にまつわるものの展示でした。もちろん常設展もそのままで、私にはそちらが面白かったのですが、ここではリバーサイド市の日本文化についての扱いをご紹介します。
 最初はタイトルです。Japan's Textile & Costume"と読めると思います。下に展示されているのは半纏です。Riverside07.03.18 066.jpg
 次は仙台とリバーサイドの結びつきを解説した掲示です。仙台市のこと、姉妹都市の歴史や数々の交流が要領よく説明されています。須藤50周年R訪問 122.jpg
 展示物の一部、豪華な花嫁衣裳です。リバーサイド市に住む日系人の方が提供してくださいました。
須藤50周年R訪問 121.jpg
 この展示物を前に、飲食(カリフォルニアワインなど)してパーティが行われたのには驚きました。日本で博物館の展示物を前に飲食のあるパーティなど経験したことがなかったからです。提供された飲み物、食べ物を紹介できないのは大変残念なのですが、美味しかったです。
 次の写真はその博物館前で全員で撮った写真です。博物館のたたずまいがお分かりになると思います。Riverside07.03.18 063.jpg 


 


 

2008年3月20日 16:08
テーマ:

高等教育は女性の心身に悪影響を与える

 ロータリークラブの昼食会の後に案内されたのは、市立図書館の一室で行われたリバーサイド大学婦人協会の創立125周年記念式典でした。
 これがその祝賀のために作られた特大ケーキで、大学婦人協会創立125周年の「125」と、私たちの姉妹都市交流50周年の「50」とが仲良く並べて置かれています。全ての祝賀行事の後でご馳走になりましたが、思いのほかシットリとした味で、楽しめました。DSC00905.JPG
 最初に、大学婦人協会の創立125周年を記念して会長からスピーチがあり、それを私が日本語に通訳したのですが、大学婦人協会の創立のきっかけが、ボストンのさる大学の有名教授が「高等教育は女性の心身に悪影響を及ぼす」と発言したことだったのだそうです。それに反発・発奮した女性たちがこの協会を立ち上げ、女性の教育や社会活動を広く行ってきたのだそうです。
 もちろん、その中に寄付を募って奨学基金を作り、仙台に学ぶ女性のための奨学金として「リバーサイド奨学金」を設立した活動も含まれます。それは姉妹都市交流が提携される4年前のことでした。
 そのリバーサイド奨学金が後に、仙台の会員の手によって「仙台に学ぶアジアの女性たちのための奨学金」へと発展したことは、リバーサイドの大学婦人協会の会員たちを大変喜ばせたのでした。
 この写真はその宮城県内の大学婦人協会の方々と交流の糸口を作った当時大学婦人協会の会員で社会活動を行っていた大脇静枝さんの娘さんご姉妹が紹介され、表彰される場面です。手前で三角帽子をかぶらされているのは藤井前市長で、こういうお楽しみ会的な催しも含んだ式典でした。
Riverside07.03.18 062.jpg
 この日のハイライトは、リバーサイドにオレンジ栽培産業の基を作ったエライザ・ティベットという人の活動を、その当時の服装を身につけた研究者が、講演として話して聞かせる部分でした。
 「私は150年前に生まれました。」で始まるこの講演は、アメリカにおける女性の活躍を彷彿とさせるもので、それを聞いた私は、私たち一団の妻をはじめとする女性たちに、ますます尊敬と恐れの念を抱いたものでした。
DSC00929.JPG


 


 

2008年3月19日 15:07
テーマ:

七夕とオレンジ

 3月21日は、児童画交流展の見学から始まりました。前の年にRiversideの美術協会のマーク・スクーリー氏から申し入れがあり、50年の交流を記念して、仙台とRiverside両市の児童による絵画を両方の都市で展示する、という企画です。"Sendai & Riverside Views"というタイトルで行われたこの交流は、両市のたくさんの子どもたちから絵画の応募があり、私も仙台市の子どもたちの絵の審査に参加したのですが、この期間に最初にRiverside市で公開されて、それを見学したわけです。
 次の写真にタイトルが読めます。須藤50周年R訪問 091.jpg この写真に展示されている絵は、右側は折り紙の貼り絵ですが、仙台の子どもたちの絵では、仙台七夕を扱ったものが多く、Riversideの子どもたちの絵はオレンジを扱ったものが他のものに比べて少し多い感じでした。両市の特徴と言えば言えます。「自分の絵が外国の人に見てもらえる」という思いが力作を生み出したのだと思います。須藤50周年R訪問 092.jpg 児童画の展示を見た後で、ロータリークラブの昼食会に招かれました。そこでは、Riverside市ではなく、カリフォルニア州の担当者が州の国際交流政策についてプレゼンテーションをして、参加者から質問がでたりして、活発なものでした。昼食はもちろんサンドイッチが中心で、いろいろな料理が並んでいるのを、適当に自分の好みで皿に取り分けて、テーブルに持ち帰るという、所謂バイキング方式、英語ではビュッフェ(バフェイ)スタイルでした。Riverside07.03.18 056.jpg 実はこのロータリークラブの昼食会は、Riverside市では有名なMission Innというホテルであり、同時に歴史的建築物という博物館を併設した建物で行われていて、この日も、エスコート兼ガイドのウエバープランク女史がいろいろ説明しながら中を案内してくれて、会が終わった後で、その建物の入り口で記念写真を撮ったのが次の写真です。Riverside07.03.18 058.jpg今回はプライバシーに配慮して意識的にサイズを小さくしました。建物の雰囲気は分かると思います。宿泊料は高いですよ。


 


 

2008年3月 4日 13:19
テーマ:

市の鍵とオープニングが和太鼓のパーティ

 遅刻して慌てて駆けつけた日本庭園の完成式、贈呈式、そしてジャイアントオレンジの贈呈式が終わって、一旦ホテルに戻り、次は夕方のイベントです。この夕方の最初のイベントに、またまた車の手配の手違いから遅刻という失敗をやらかして、ついにリバーサイド市側は堪忍袋の尾を切らし、次からはがっちりエスコートをつけてくれるようになりました。でも、実は次からは慣れて手違いをしなくなったので、エスコートさんは楽だったと思います。
 夕方最初のイベントというのは、欧米ではしきたりになっているのですが、市が友好の対象にすると、その相手に「市の鍵」を贈呈するのです。そして市の議会は開会に先立って、「市の鍵」の贈呈式とか、「オレンジ娘」の任命式とか、市が顕彰する人への表彰式とかをやるわけです。この写真はロバリッジ市長が藤井前市長に「市の鍵」を贈呈しているところです。須藤Riverside 061.jpg さて、議会での贈呈式を終わり、次は「50周年記念歓迎パーティ」でした。ホテルのBallroomでやるので、ホテルに戻ります。Ballroomは「舞踏会室」ですが、要するに「大広間」ですね。これがそのパーティの標示ですが、歓迎式典と50周年記念パーティがSister Cities Programとなっています。簡単でいいですよね。DSC00864.JPG パーティは座席が決められていたのですが、座席配分を作るのは大変だったと思います。でも、我がツアー団員たちは、よく周囲に溶け込んで楽しんでいました。Riversideは砂漠の中の都市で水が貴重なため、生花は高価なのですが、花をきれいに使ったテーブルセッティングした。Riverside側のカメラマンなどは、その花を写真に納めていたくらいです。 DSC00866.JPG パーティのオープニングは和太鼓の演奏でした。Riversideで和太鼓を聴くとは思わなかったので驚きましたが、市内のある大学の和太鼓クラブだそうです。大学に和太鼓クラブがあるのも驚きですよね。DSC00870.JPG 歓迎スピーチはカリフォルニア大学リバーサイド校のモーゼス博士、この人です。空港に迎えのバスとして「熊のバス」を差し向けた張本人です。スピーチでは全米の都市の中に占める50年の姉妹都市交流の歴史の意義について熱く語ってくださいました。 須藤Riverside 064.jpg アトラクションはバンド演奏で、ここには映っていませんが、女性歌手が美声で数曲、披露してくれました。和太鼓といい、バンドといい、リバーサイドの人たちが自分たちの「文化」を誇りにし、大事にしているのが分かります。 DSC00874.JPG 傑作だったのは、藤井前市長が初めて市長選に立候補したときの選挙ポスターを贈られたことです。リバーサイドの一体誰が、こんなポスターを保存していて、このような場で贈呈するなどという味のある演出をしたのでしょう。「ムム、お主やるな。」というところでしょう。よく見ると、藤井さんの年齢の重ねようが見事ですよね。 DSC00899.JPG 前の晩に私たちが「姉妹都市賛歌」を合唱したのですが、このパーティでも締めくくりに歌うことになりました。「こちらも趣向を凝らそう」というピアノ伴奏者の発案で、「姉妹都市賛歌」を終えたら、そのまま「はるばる来たぜ函館」の歌を「リバサイド」に代えて、"Riverside!"と歌って喝采を浴びました。
須藤Riverside 080.jpg  長い、長い一日でしたが、感想としては、「世界中の各都市が世界中の都市どうしで姉妹都市になったらいいのにな」というところでしょうか。人が人として相手を認識し友好を深めていくことは、これからの時代には必要なことだと思うのです。