Trouble shot~ トラブルショット ~

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2008年2月18日 18:10
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オレンジ製作者は美人でした

 式典の最初は神主さんによる祝詞です。何を隠そう、祝詞を上げたのは会員仲間のK氏。Riversideの人たちは大いに喜んで彼に、市の博物館に装束と神事用具一式を寄付してくれるように頼んだのです。もちろん、ローマ字で用語をつけて、寄付してきました。衣装は彼の奥様の手作りなんですよ。DSC00784.JPG
 交流50周年を記念して、Riverside市では"Giant Orange"(巨大オレンジ)を仙台市に贈ることにしました。11月に飛行機で運んで、現在仙台市国際センターの交流コーナー入り口脇に置かれています。ここには製作者を囲んで藤井前市長が写っています。製作者はご夫婦で左から2人目と右から2人目です。DSC00826.JPG
 アメリカでも、というべきか、元々外国の風習だったのでしょうが、日本庭園の「テープカット」です。もっとも英語では"Ribbon Cutting"と言います。Riverside07.03.18 034.jpg
 藤井前市長とオレンジ製作者の奥様の方がカメラマンの求めに応じて握手です。オレンジは石膏のオレンジの型にタイルを貼り付けて絵柄が描かれています。仙台とRiverside両市の市章がはめ込まれています。Riverside07.03.18 043.jpg
 もう一つ、Riversideの人々を大喜びさせたものがあります。我がツアー団の女性たちの和服姿です。ご覧ください、アメリカ人が喜ぶのもお分かりになると思います。もっとも、着物一式を持っていくのは、この空港検査が厳しい時に、大変なことでした。須藤Riverside 002.jpg間違えて写真の情報量の縮小量を小さくしすぎてしまいました。でも、雰囲気は分かりますよね。


 


 

2008年2月 8日 12:36
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200人が入る大テント

 さて、50周年記念式典当日ですが、「シャトルバスを使って来てね。」という言葉(日本語の指示)を確かめないまま、バスを待つこと1時間、「どうもおかしい」と感じて、ホテルのパーサーにお願いして女性陣をホテルの送迎バスに乗り込ませて出発させ、自分たちも出ようとしているところに、「遅い!」と迎えにこられて、慌てて徒歩で駆けつけるも、遅刻してしまいました。
 後で確かめると「シャトルバス」というのはホテルの送迎バスのことだったのです。団長兼通訳としての失敗第2回目です。そんなわけで式典の最初の部分は参加できないでしまいましたが、ともかく写真で紹介します。先ずは地理的な説明から。
須藤Riverside 013.jpgこれが「ホワイトバーク」と言って、ホワイトさんという方がRiverside市に寄贈した、市役所のすぐ近くの土地、を整備して作った公園の入り口です。私たちの造った日本庭園は右手の奥にあります。白いテントが見えますが、その更に右奥です。

須藤Riverside 017.jpgそのテントの全景です。これが200人入る大テントで、この中にパイプ椅子を置いて式典が行われました。須藤Riverside 026.jpg 中の様子です。参列者はびっしりで、テント外に溢れた人もいて、日本との交流への関心の高さを感じさせてくれました。知人もたくさんいて、懐かしい再会を果たすことができました。Riverside07.03.18 081.jpg
これは、市役所の市長室がある屋上からホワイトパークを俯瞰した写真で、右側のひときわ木立の濃い部分が日本庭園になります。砂漠の土地なので、これらの緑が全て人工的な灌漑によって維持されていることになります。人間の営為の一端を垣間見せてくれる風景です。次は、いよいよ式典の様子です。


 


 

2008年2月 1日 18:32
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市長主催歓迎会

 何せ、姉妹都市交流50周年ですから、私たち市民団ばかりでなく、仙台市の公式代表団もRiversideを訪問したわけです。私たちは1日前に着いて、到着二日目のこの日に庭園の整備をしたのですが、藤井前市長を団長とする公式代表団は1日遅れで到着し、早速ロバリッジ市長主催の晩餐会が催され、私たちもご一緒しました。須藤Riverside 009.JPG"Triroussa"とか言うレストランでしたが、場所が分からなくて迷ってしまい、30分以上も遅れて会場に着いたのは失敗でした。それでお詫び、というわけではないのですが、Riversideの音楽家でThomas Boucherさんという方(洋子さんのご主人です)が大分前に作詞作曲した「姉妹都市賛歌」を、仙台で編曲し、練習して行ったのを私たち市民団全員で歌ってご披露しました。
 一番手前の白髪の人はロバリッジ市長ですが、聴き入っているでしょう。でも、歌詞は日本語訳だったので、意味は分からなかっただろうと思います。
 それにしても、それまで固かった雰囲気が、私たちの歌でグッとほぐれたのは、嬉しい体験でしたし、歌の効果というものを再認識しました。ピアノ伴奏は会員であるSさんの奥さんです。